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「これこそ正しいベートーヴェンの聴き方」
「原典版」(あなたが持っている楽譜は何ですか?)


 今回は、聴き方というよりも弾き方だ。

 ベートーヴェンの楽譜は、ちょっと問題が残っているものがある。よく批判の的となるのは、日本で出版している古い譜面。本来の譜面にはない強弱記号やその他記号が満載!の楽譜があるのだ。

 たとえば、ピアノソナタ第20番ト長調だ。初心者の練習でよく使うこの曲の第1楽章では、じつはfが0箇所、pが0箇所しかないはずだ。何言ってるの。つまり無いんだよ。さあさあ、皆さんの楽譜はどうかな?
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 上は、日本版の某全○楽譜出版社の楽譜だ。いろいろ書きこんであるのは、私の妻が子供の頃に練習した、そのまんまのものを載せたからなのだ。そして、下の例は、ヘンレ原典版である。
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 この2つを比べれば、一目瞭然。日本版は、fやpが本来の数より多い楽譜だ。というか、元はひとつも無いんだよ。さらには、スラーの数が断然違う。
 いったい、どうしてこうなる!?と、事の次第がわからない人は困惑するに違いない。こういった悪い版を使って、ピアノの先生は「楽譜に書いてあるとおりにやってみましょうね」などと言ってはいけないのである。ベートーヴェンは言うだろう、「なんという愚かなことであろうか」
 しかも、印刷された余分な記号だけでは不足なのか、上の例にあるように、さらに<(クレッシェンド)や>(ディミヌエンド)を付け足しまくって、コテコテの料理に仕上げてしまっている。

 はっきり言わせていただくと、<や>を付けたがる人は、ロマン派以降に毒されているのである。そもそもこのピアノソナタ・ト長調、1795年頃にできたということを忘れてはいけない。上の悪い例の3段め、1〜2小節にあるcresc(クレッシェンド)がマズいのに、そこにさらに手書きで加えられた「<」なんてえのは、古典派では滅多に使わない、まことにヒドい代物なのである。こういうものを書き込む神経は、ロマン派だ。

 こんな例を出してしまったからには、いやしくもベートーヴェンを練習しようという人は、少なくとも、ある程度の校訂がされた、原典版(のようなもの)を用意する必要があるだろう。原典版は、もちろん「ベートーヴェンの意思」をそのまま反映しているわけではない。研究者が「これくらいならーまーいいだろー」という研究成果を発表したものが「原典版」だ。正確に言うと「ベートーヴェンの考えに近いと勝手に思っている版」ということ。だから、原典版は正確には研究者の数だけ存在することになる。実際に出版されているものは少ないが。それでも、べートーヴェン本人からしてみれば、まだ何か足りないところはあるだろう。また、ミスもあるだろう。しかし、本来ありえないはずの強弱記号は少なくとも取り外されているはずだ。であるから、重箱のスミをつつくことがなければ練習には何ら差し支えない。

 だいたい、例として出した原典版のままきちんと演奏すれば、現代のピアノでもなんともピュアな音楽が響くことだろう。当時のピアノは、現代のピアノよりもさらに素朴な響きがしているのだ。だから、一度でいいから当時のピアノによる演奏を聞いてほしい。「この音で作曲したんだ」と分かったとき、きっと何か得るものがあるに違いない。



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