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「これこそ正しいベートーヴェンの聴き方」
ベートーヴェンの、お勉強



 中学校あたりの音楽の宿題で、「○○○の作品を聴いて、感想を書きなさい」といった宿題は定番である。先生にとってみれば、まことに簡単至極な宿題であるに違いない。なぜなら、提出物の99.9%は、超名曲に限られてくるわけだ。交響曲では交響曲第5番、「未完成」「悲愴」「新世界」。ピアノ曲なら、「月光」「熱情」あるいはショパンのワルツとかだ。

 「ベートーヴェンについて書きましょう」という宿題の場合には、おおかた、曲を聴いての感想か、あるいは、ベートーヴェンの人となり、を書けばいいのであろう。しかし、私は、皆さんのために回答をそのまんま書く気は無い。宿題とは、自分で努力するものだからだ。

 ベートーヴェンの人となりであるが、そのあたりは適当に伝記を読めばよい。でも、普通の伝記では、以下の4つのポイントしかないだろう。
 ・恋はたくさんしたが、結局結婚しなかった。
 ・父親は飲んだくれでも、母は優しかった。
 ・耳の病気で、聞こえなくなってきた。
 ・大変努力して作曲した。
 下にいくほど、珍しい部類だ。彼女いない暦30年なんて、ざらにある。一方、耳が聞こえなくなる病気は珍しいほうだろう。そのあたりがベートーヴェンを特徴づけているように思う。でもそれは違う。第4のポイントこそ、唯一、ベートーヴェン本来の最大の特徴なのだ。

 努力しましょう。

 先生の、好きそうな言葉である。

 ただし、身近な観点でのベートーヴェンの実態は、たとえばこうだ。

 ・友達は大切にするが、いきなり怒って破壊活動(*1)もする。
 ・優しく頼まれても、拒否するときは、あくまで拒否(*2)。
 ・金は大切にするが、金銭計算は苦手で、収入が少ないと文句たらたら(*3)。
 ・昔書き留めた旋律を大切にして読み直すが、部屋の中はゴミだらけ。

(*1)それが友達の貴族であっても、気に入らないことをしたら、庭の胸像をブチ壊してそのまま帰ってしまう。
(*2)貴族のご婦人がピアノ演奏を希望されても、その気が無いなら絶対に演奏してやらない。
(*3)「第9」の初演後、利益が少ないことを激怒。

 どうだ、偉大なる楽聖は、つまりこんな奴だ。「努力しましょう」で、良い子ちゃんのフリをしているわけではない。こんな奴は、近くにひとりくらい、いるだろう。いや、いないぞ。少しくらいなら、自分の中にも、ちゃらんぽらんなところはあるだろう。人間なんて、そんなものである。しかし、ベートーヴェンは、
 「本当に努力し続けた」
そこに全ての相違がある。

 じゃ、たとえばモーツァルトは努力しなかったのかって?
 したよ、多少は。でも、努力しなくても曲が出来ちゃうのだ。それはそれで、すごい。

 ベートーヴェンの曲であるが、じつにいろいろな曲がある。でも、初心者には、交響曲第5番を指定したりする。もう、そこで間違い。

 交響曲第5番ハ短調作品67は、その第1楽章の冒頭がすでに有名すぎる。他に3つの楽章があるのに、その最初の楽章のみでベートーヴェンを定義してしまいそうな勢いがあるほど、有名なのだ。
 しかし、ベートーヴェン本来の音楽、比較的割合の多い雰囲気の音楽は、少し違う。いや、大変違う。交響曲第5番の第1楽章は、珍しいほうの部類なのだ。無駄を切り捨てたかのような整然とした音楽、張り詰めたエネルギー、強烈な和音。しかし、ベートーヴェンにしてみれば、その交響曲第5番の第4楽章のほうが、ふだんの曲に近い。豊かな旋律、充実した和声。ほっとする瞬間も、ところどころにある。理路整然として、終わり良ければ全て良し。あるいはまた、交響曲第3番「英雄」の第1楽章も、本来の姿に近いのだ。遊びも含めた多種多様な音の流れ。豊かな旋律の大サービス。涙を誘うかもしれないようなところもある。雰囲気もさまざまに変化する。
 あるいは、優しくきれいな曲も多い。ピアノソナタや小品のいくつかは、物語風の、おだやかなものだ。歌詞をつけて歌ってもいいほどの。遊びのような曲もある。笑ってしまうような歌曲もあるぞ。

 そう、そのどれもが、努力する人ベートーヴェンを示している。努力しているから、多種多様な音楽が書けるのだ。一種類の音楽しか書けない人は、そもそも努力していないのである。

 初心者が練習するようなピアノソナタ(ソナチネ)もあれば、プロですら尻込みするような難曲もある。仲間といっしょに楽しく演奏できるピアノトリオもあれば、どんなに練習してもうまくできない弦楽4重奏曲もある。交響曲第1番を聴いただけで、それが24年後に交響曲第9番に進化するなんて、はたして想像できるだろうか。

 そのような多様な曲のなかで、ひときわ有名な曲は、つまり他の誰にも書けない音楽なのである。交響曲第5番1曲ではない。たくさんありすぎて困ってしまうほどだ。

 宿題ならば、交響曲第5番たった1曲35分を聴いて、その感想で済ますのもOKである。しかしそれだけでは、ベートーヴェンの、ほんの一面しか見ていないことに、絶対に気付いておくべきだ。交響曲第5番1曲には4つの楽章がある。おおマケにマケて9曲37楽章のうちの4楽章、つまり37分の4しか聴いていないということになる。

 となるより、音楽の先生が名前すら聞いたことも無いようなすばらしい曲で宿題をまとめ、煙に巻いてしまうのも、面白いと思う。音楽の先生とは意外に曲を知らないものだ。逆にマニアというのは底無しなのである。


(2003.08.07)



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