「これこそ正しいベートーヴェンの聴き方」
最も木管楽器を使いこなした一例
ここが白眉だ、木管楽器
木管楽器は4種類だ。フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴット。ピッコロとコントラ・ファゴットを、まれに使用する。コール・アングレも無いし、バス・クラリネットも、無い。ということで、ベートーヴェンの場合は、かなり原色に近い構成になる。近代現代のオーケストラでも、コール・アングレのような特殊楽器が含まれるわけで多彩な音色を楽しめるが、ベートーヴェンの当時の編成では、やっとコール・アングレが出始めた頃。1830年作曲のベルリオーズの幻想交響曲に、コール・アングレがある。
木管楽器の使い方で面白いのは、やはり組み合わせ方だろう。同一音程で組み合わせるか、それともオクターブで重ねるか、あるいは、3度、5度といった音程で組み合わせるか。木管楽器は音の高さがオクターブ変わると音色も変わってしまうので、組み合わせは千差万別、非常にバラエティに富むことに成る。残念ながらベートーヴェンのオーケストラには、前述のように特殊楽器が無いし、音色の多彩さはベートーヴェン本来の目的ではないので、彼の音楽が現代の作品に比べて色彩感に乏しいのは、いたしかたない。
ベートーヴェンは、4種類の木管楽器をじつに効率的に使用する。フルート/オーボエの独奏は、どんな楽章でも使えるオールマイティである。フルートの高い運動性能は、急速楽章で効果を発揮する。「英雄」交響曲の第4楽章や、レオノーレ序曲第3番の再現部冒頭などは、名高い。
一方クラリネットは、緩やかな楽章で、しっとりと歌う役割に回される。交響曲第2、4、5、7番の第2楽章、第8、9番の第3楽章など、枚挙にいとまがない。比べてオーボエが緩やかな楽章での活躍が少ないのは、音色が硬い(鋭い)からと思うが、どうだろうか。
ファゴットはその持続音に特長がある。「コリオラン」序曲の中間部で、数十小節もの長きにわたって、演奏されている部分は、実に効果的。
交響曲第6番「田園」もフルートの活躍の場は多い。フルートとオーボエの二重奏は、その田園情緒を印象つけるために大きな役割を果たしている。
さて、このようにすばらしい使い方の個所を延々と並べても仕方が無いので、ここではホルンを含めた木管の計10本を、極限までに使いこなした部分を紹介したい。
交響曲第6番「田園」第2楽章
これは、交響曲「田園」第2楽章の、再現部冒頭である。フルートが、じつにさわやかに主題を演奏するが、その他の楽器が総動員されている。あたかも、小川や森のさまざまな印象を全て音で表現してしまうかのような、すばらしい管弦楽法である。
ファゴット、クラリネット、バイオリンが、静かに細かな上昇音型を演奏するが、これは何だろうか。木々のざわめきだろうか。そのように想像を逞しくするとベートーヴェンに笑われてしまうかもしれないが、各々が何を表現しているかを全く示されなくても、そこに豊かな自然が息づいている様子を克明に記した、じつにすばらしい部分である。
第1フルートは、主題である。次に、第2フルートは、第2クラリネットの合いの手である。
2本のオーボエは、こじつけかもしれないが、この楽章の冒頭近くにある16分音符による6連符の名残りである。のどかさを示すことでは、第2クラリネットと第2フルートの上昇/下降と、好一対である。
第1ファゴット、第1クラリネット、第1バイオリンは、空気に充満する森と小川の息吹であろうか。詩人なら、そう表現したがるかもしれない。
第2ファゴットは持続音であるが、シンコペーションしている。このリズムは、この楽章の随所に現れていて、弦楽器による小川のせせらぎを補強する役割を持つ。楽章全体では、ホルンによる部分のほうが目立っているだろう。
そして、残りのチェロとコントラバスは、拍節の区切りである。
この部分の管弦楽法は、まさに完璧だ。長短取り混ぜた様々な長さの音符。スタッカートもあればレガートもある。シンコペーションもあれば小節を確実に刻む音もある。上昇音型あれば下降音型もある。それほどいろいろあるのに、フルートによる第1主題は、さわやかにはっきりと聴き取ることができるのだ。ベートーヴェンは、管弦楽法がイマイチだなどとほざく著作も稀にあるが、そういう意見は問題外なのである。