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  5. どうして彼の交響曲はたった9曲なのですか

「これこそ正しいベートーヴェンの聴き方」
どうして彼の交響曲はたった9曲なのですか。


(この質問について他人が述べるよりは、いつも私の肩の上にいらっしゃる大権現氏に、自ら語っていただくべきだろう。ただ、少々口が悪いのはご容赦いただきたい)

 どうしてって、時間をかけて作ったら、それくらいしか出来ないに決まっているではないか。そもそも、何十年も何百年も未来にわたって世界中の人に聴いてもらおうと思った場合、1ヶ月やそこらで、ちょちょいのちょいと作った交響曲がそれにふさわしいと言えるだろうか? 十分に時間をかけて、精魂込めて作ればこそ、何百年も聴き続けるに足る曲に仕上がるのではないだろうか。
 聞けばハイドンは百曲以上交響曲を作ったということだが、後世に残すべき曲がその中にいったいいくつあるというのだね? 全部聴いたことがあるかい? 全部聴いたことがあったとしても、それは君の頭の中に残っているかい? それらは、心震わせる何かを持っていたというのかい? 良いと思わせた曲は9曲程度ではなかったかい。40曲ほど交響曲を書いた天才モーツァルトですら、出来の良い交響曲は9曲程度ではなかったかい? ハイドンは貴族がパトロンであり、多くの作品はパトロンのために書いた。そんなハイドンが作曲した「出来のよい交響曲」、これらの多くは、パトロンに対してのものではなく、イギリスの一般聴衆のために書いたものではなかったかね? 多くの人々に喜んでいただくことを念じて作った作品はきっと名曲になる。ハイドンは晩年になって、やっとそのことに気付いたのだ。そして私はより早くそれに気付き、未来の聴衆のために作曲したのだ。

 いやしくも芸術家を名乗るなら、人に感動感激を与える曲を作るのが本物じゃないか? だから私は、7重奏曲をそれほど評価してはいないのだ。たしかに楽しい曲ではあったがね。楽しい曲が悪いというわけではない。しかし、私が生きていた時代、ウィーンの街は音楽家ばかりであったし、毎年、何十という交響曲が産まれては消えた。皆似たような顔を持つ曲ばかり。私は人気があった7重奏曲に、彼らと同じようなものを見たのだ。こんな曲ばかり作っていたのではいけない。それから管を含む室内楽から足を洗い、自分にふさわしい曲に心を向けていったのだ。
 交響曲をたくさん作らなかった理由、それは、神から与えられる調べを確かめながら、考えながら、想像を加えながら聴きとって精魂込めて書き記したからなのだ。モーツァルトは神からの調べをかなりはっきり聴きとっていたようだが、私の音楽の神は、モーツァルトのとは違っていたようだ。私の場合はポイントしか示されない。そのポイントとて、凡百の作曲家よりは、はるかに多かったようだが。私はそのポイントを音楽の種子として、神が本当に私に教えたかったことが何であるかを問い続け、考えながら悩みに悩んで書いていったのだ。神は私に人間としての努力を強いたのである。であるから、たいへん時間がかかったのだ。

 私の交響曲が少ない理由、それはもうひとつある。だいたい、私には書きたい曲がいっぱいあったのだ。交響曲くらいしか書けなかったマーラーやブルックナーなんかの「へぼ作曲家」とはいっしょにしないでもらいたいものだ。マーラーが9曲とか10曲とかまでしか交響曲を書けなかったとして、それでは彼は他に何を作ったというのだ? 作曲家の中には「9」という番号に言い知れぬ何かを感じていたようであるが、思いあがりにもほどがある。それでは彼らはピアノソナタを30近く作ったのか? 弦楽4重奏を16曲書いたとでもいうのかね。私はピアノソナタも弦楽4重奏曲も、協奏曲や歌曲や、バイオリンなどのソナタもたくさん書きたかったし、実際に立派に名曲をたくさん作り上げた。オペラもたくさん書きたかったが、残念ながら1曲しか完成しなかったがね。それがわかっている君なら、私の名曲たちをここで並べてみることができるだろう。
 「英雄」「交響曲第5番」「田園(交響曲)」「合唱付き」「皇帝」「月光」「悲愴」「テンペスト」「ワルトシュタイン」「熱情」「告別」「田園(ピアノソナタ)」「ハンマークラヴイア」「春」「クロイツェル」「ミサ・ソレムニス」「フィデリオ」「ラズモフスキー(3曲)」「大公」「幽霊」「ハープ」「セリオーソ」「ディアベリ変奏曲」「プロメテウスの主題による変奏曲」「コリオラン」「エグモント(序曲)」「レオノーレ第3番」
 有名な曲だけで、ざっとこんなものだ。これに自信作を含めたら、曲数は3倍以上になるだろう。これを見れば、「私の交響曲の数が少ないのはなぜか」などという質問は、見当違いもはなはだしいということがわかるに違いない。

 数多くの名曲を生み出したということでは、私が史上最大、空前絶後の作曲家なのである。



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