「これこそ正しいベートーヴェンの聴き方」
ピアノ曲の管弦楽化
ピアノ曲はピアノのための曲なのだ
至極あたりまえなのであるが、ピアノ曲はピアノでなければ演奏できないのだ。
うーん、ちょっと違うな。
ベートーヴェン以前のピアノ曲は、チェンバロでも、なんとかサマになる。
そして、「熱情」あたりのソナタにもなると、ピアノ以外の演奏は考えられない、ということになる。もっとも、シンセサイザーに編曲した「月光」はあるが。
これは、ピアノ的な音の並びが多用されていることが理由であるのは、誰でも少し考えればわかること。両手の指をムカデのようにモゾモゾさせて出来る音型が、鍵盤が無い他の楽器で出来るものだろうか。そーゆーことを知っていながら、あえて「ハンマークラヴィア」を管弦楽に編曲したのが、ベートーヴェン・マニア中のマニア、指揮者ワインガルトナーである。
余談であるが、歴代のマニアには、フランスにおけるベートーヴェン交響曲演奏に偉大な足跡を記した指揮者アブネック、交響曲全9曲をピアノに編曲したリスト、小説「ジャン・クリストフ」をモノにしたロマン・ロランなどがいる。
さて、マニアなら承知の通り、ワインガルトナーは1926年にピアノソナタ「ハンマークラヴィア」の管弦楽編曲版を完成させている。それは、
ピッコロ1、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、コントラファゴット1、ホルン4、トランペット2、トロンボーン3、ティンパニ、弦5部
からなる超大作である。録音も残されている。
これが完成できた理由のひとつは、意外にも、この曲が持つ音型で、ピアノでなければ出来ないものが無い、ということによる。
第1楽章冒頭
第3楽章冒頭
ここの譜例は、ワインガルトナー交響曲全集の解説冊子からの借用である。第1楽章のしょっぱなから、ピッコロやコントラファゴットまで動員しなくてもいいだろうに、という気持ちはあるが、作曲もこなす大指揮者であるからこそ出来た企画、究極のマニア芸である。マニアといえば、最近は、マーラー「復活」のみの指揮者、というマニアがいらっしゃったが、あれは実業家のお金持ちだったから出来たことであるが、うらやましい限りである。
さて、全32曲のうち、1曲使われてしまったぞ! では残る31曲のうち、管弦楽に編曲することが可能なソナタは、はたしていくつあるだろうか。ちなみに第9番はベートーヴェン自身により弦楽4重奏に編曲されている。そこで楽譜を斜め読みすると、ほとんどの曲ではピアノ特有の音型があり、しかもそれが曲の印象の根幹をなすため、なかなか管弦楽にならないということがわかる。それでも読み進めていくと、見つけました!
ピアノソナタ第8番「悲愴」これはいい! できる! でも、第3楽章までは無理かな。それでは、第1楽章の一部を管弦楽にして遊んでみよう。
まず、冒頭の1音を、「エグモント」序曲風にしましょう。ただし根音はチェロとコントラバスで和声をビオラやホルンに任せます。高音が強すぎるといけないので、フルート、オーボエ、トランペットは省きましょう。すぐ次の「タタンタターン」は、弦楽器のみにしましょう。それがイヤなら、ファゴットまたはクラリネットを弱くかぶせてもかまいません。ご存知かどうか知りませんが、この序奏を、そっと暗く演奏すると、チャイコフスキーの「悲愴交響曲」になります。さて、2小節めの冒頭は前よりも低音が弱くなっていますが、そんなことには構わずに同じオーケストレーションでいきましょう。
左手の刻みは、チェロとコントラバスです。同じ譜面にすれば、オクターブ違いで響きますから、バッチリですね。ですがコクを出すためにファゴットを重ねましょう。右手は第1第2バイオリンに任せます。ビオラは、中音域でdivisiして和声を付けましょう。ここの5小節めから、ホルンを含む木管楽器で和声を付けると、ごきげんです。
展開部は、第1主題と序奏の主題の掛け合いです。前2小節は、左手=チェロ+コントラバス、右手=第1第2バイオリン。次の2小節は、右手=バイオリン+フルート+オーボエでしょう。その伴奏は、1拍めはチェロ+コントラバスで、2〜4拍めはチェロとビオラです。どちらにも、ホルンやファゴットで適宜和声を付加しましょう。
とまあ、こんな具合に、ピアノ曲に色付けして遊ぶと面白いですね。(2000.7.8)
なんて書いてましたら、管楽8重奏版「悲愴ソナタ」があるのを思い出したのだった。(2000.7.16)