歴代のベートーヴェン・マニアな皆さん
ここは、尊敬すべき歴代のマニアの皆さんを迎えて、その業績のうんちくをたれるページです。
フランソワ=アントア−ヌ・アブネック( François-Antoine
Habeneck , フランス , 指揮者 , 1781-1849)
パリ音楽院管弦楽団の初代指揮者。
自らが組織したパリ音楽院管弦楽団で、著名な曲を啓蒙するために演奏会シリーズを企てるも、ほとんどベートーヴェンの交響曲ばかりを演奏しちゃったという、マニアの鑑。練習は時間たっぷり、きっちりこなし、ベートーヴェン(と、オマケにその他)の交響曲の正しい評価と普及に努めた。ベルリオーズやワーグナーなど、彼の演奏でベートーヴェンに開眼した人は数知れず。
どのような演奏だったかは全く不明であるが、おそらく楽譜に忠実たらんとしたことであろう。
フランツ・リスト( Franz Liszt , ハンガリー ,
ピアニスト兼作曲家 , 1811-1886)
幼少時にベートーヴェンに演奏を誉められた(史実でないと疑われている)、幸運な人。
類まれな超絶技巧のピアノの名手であり、また、ベートーヴェン→チェルニー→リストという、ピアニストとしての直系の弟子でもある。結果、交響曲全9曲のピアノ編曲を果たした。これにより、おいそれと管弦楽を聴けない人々に、ピアノ1台による演奏と鑑賞の楽しみを与えたと思いきや、あまりに難しい譜面であるため普通に練習しただけでは、ほとんど用を成さなかったと思われる。
全9曲が2手のための譜面に編曲されているが、「第9」は2台のピアノ用にも編曲されている。
この2手用編曲は現在でもピアノ演奏のテクニックの披露にもってこいであるが、完璧ともいえるシプリアン・カツァリスによる録音が発売されたことで、二番煎じ以下の謗りの対象となりやすい。
リヒャルト・ワーグナー( Wilhelm Richard Wagner , ドイツ ,
作曲家 , 1813-1883)
アブネックの演奏を聴き、交響曲第9番のすばらしさに開眼したという、歌劇の大御所。
ベートーヴェンの「第9」を至上のものとする態度をとるが、この声楽付き管弦楽の流れを汲む本流は、自分の歌劇/楽劇であるという立場を主張。結果としては、ベートーヴェンを利用したかっただけかもしれない。
ワーグナーの作品のみを上演するために作られたバイロイトの祝祭劇場で、唯一演奏される自分以外の作品が、ベートーヴェンの「第9」である(と聞いた記憶がある)。また、彼自身、若い頃に「第9」を合唱付のピアノ編曲として完成させている。こうなると当然のことであろうが、「第9」に関する論文も発表されている。
このため、ワーグナーは真のベートーヴェン・マニアではなく、ただの「第9マニア」ということもできるだろう。
ハンス・フォン・ビューロー男爵( Hans Guido Freiherr von Bülow
,ドイツ , 指揮者 , 1830-1894)
典型的19世紀の指揮者。
19世紀の人間にベートーヴェンが浸透すると、指揮者や作曲家には、9曲の交響曲が、避けて通れない通過儀礼となる。ワーグナーの弟子であったハンス・フォン・ビューローなら、なおさらのことであった。1880年にザクセン=マイニンゲンのオーケストラの指揮者になると、交響曲をみっちり練習させてレパートリーにしてしまう。ワーグナーの流れを汲む、ねちっこい演奏であったらしい。
しかし、一夜の演奏会にそんな解釈の交響曲第9番を2度も、しかも彼自身による説明会付きで聴かされた日には、ヤツの頭をブン殴ってやりたくなっても仕方がないだろう。
彼のような演奏を聴きたいと思えば、メンゲルベルクあたりが類似商品として推薦できるのではないだろうか。
グスタフ・マーラー( Gustav Mahler , オーストリア ,
指揮者兼作曲家 , 1860-1911)
大規模管弦楽しか書けなかった作曲家。
今では作曲家として有名であるが、本来は指揮者であった。ベートーヴェンの交響曲を大規模4管(以上)編成に編曲して演奏するなど、19世紀のロマン派の絵の具塗ったくり型の典型的存在として演奏史に君臨する。後期ロマン派の管弦楽の肥大化の真っ只中にいたから、こうなったのは仕方がないことかもしれない。しかし、変なヤツである。弦楽4重奏曲「セリオーソ」を弦楽合奏のために編曲しているが、これはオーソドックスなものだ。
彼の編曲による交響曲では、1990年代に第3,5,9番などが録音されていて、今でも聴くことができる。
フェリックス・ワインガルトナー( Edler Felix Paul Weingartner von
Münzberg , オーストリア , 指揮者 , 1863-1942)
レコードによる世界最初のベートーヴェン交響曲全集を録音できた幸運な人。
彼の演奏は当時の中ではかなり端整なもので、19世紀の、むちゃくちゃにデフォルメされたらしいと伝えられている他者の演奏とは異なる。ベートーヴェンの交響曲に関する演奏の指針「ある指揮者の提言(ベートーヴェンの交響曲の演奏に対する助言)」を著した。読めばわかるが、演奏解釈ではビューローに敵対する。
ピアノソナタ第29番「ハンマークラヴィア」を管弦楽に編曲し録音を残したことでも知られる。1937年に来日している。
ロマン・ロラン( Romain Rolland , フランス , 小説家兼思想家 ,
1866-1944)
フランスが誇る、ベートーヴェン・マニアの文化人。
ベートーヴェンの伝記、評論、講演から、ベートーヴェンをモデルにした小説「ジャン・クリストフ」に至るまで、小説家の枠を超えて持論/著作を展開した、マニア中のマニア。音楽関係以外の職業で、ベートーヴェンで飯を食えた唯一の有名人ではないだろうか。
ベートーヴェン関係の著作は、「ベートーヴェンの生涯」、未完のシリーズ「ベートーヴェン研究(偉大な創造の時期)」(そこに、「第九交響曲」「後期の四重奏曲」「エロイカからアパッショナータまで」「ゲーテとベートーヴェン」「復活の歌」「フィニタ・コメディア」などが含まれる)など多量であり、これらのみでも歴史に名を残しただろう。
こうしてみると、ベートーヴェン・マニアは、すなわち交響曲9曲のマニアであるということだなあ。
(2003.11.11)