行進曲な話
白状すると、高校時代に吹奏楽を1年半やっていた。しかし、そこでは吹奏楽という呼称ではなく「ブラバン」(ブラスバンド)であった。なにも下着的な意味ではなく、ブラ=ブラス=金管である。面白いもので、半分の楽器が木管だっていうのに、ブラバンなのである。まあ、オーボエもファゴットも無かった貧弱な団体だったし、本体が木だったのはクラリネットだけで実際にフルートは金属であるし、ってことだったので、ブラバンでもいいや、もう。
そんな謂れはともかく、ベートーヴェンにも吹奏楽がある。いやいや、ブラバンとは言わない。編曲モノでもない。れっきとしたベートーヴェンの作品であり吹奏楽である。行進曲ニ長調、WoO
24だ。1816年頃の作曲なので、交響曲第7、8番より後、第9番の前になる。
楽器は五線の段毎に、上から、ピッコロ1番、ピッコロ2番、オーボエ×2、ヘ調クラリネット×1、ハ調クラリネット×2が2段(計4)。
変ロ調バス・ホルン×2、ニ調ホルン×2が2段(計4)、ニ調トランペット×2が3段(計6)、変ロ調トランペット×1、ト調トランペット×1
トライアングル×1とシンバル×1で1段、小太鼓×1と大太鼓×1で1段
ファゴット×2、コントラファゴット×1、トロンボーン×2(テノール、バス)で1段、セルパン×1(チューバの前身)
フルートが無くてピッコロ2本であるのは、そういう編成上の習慣だからだろうか。コントラファゴットがあるので、行進しながらの演奏は無理だとわかる。
自分の趣味の主体がベートーヴェン周辺なので、金管楽器がでしゃばらない響きが心地よい。楽器の材料じゃないが、金属ばかりの近代的な軍隊ではなく、銃に木もかなり使っていた前世紀的な軍隊だ。やることは結局人の殺し合いなのだが、それでも音楽はのどかなのである。速度表記は「マーチのテンポで元気良く」になっているが、どうもこれは地域性があるようで、オーストリアでは遅めで、フランスの行進曲は、やや速いのだそうだ。
上の編成では異様に金管楽器が多いようだ。ホルンが6名、トランペットが8名だ。合計すると、木管12名に対し、金管17名だ。変態ベルリオーズですら、例えばラコッツィー行進曲では木管、金管、弦楽のバランスが良く、ffであっても金管が爆発しているようには聴こえない。じつは、ブラバン(吹奏楽)を積極的に聴かない(私にとっては全く聴かないということ)理由は、金管がffで爆発する、つまり意味なく音がうるさく、しかも汚いからである。管弦楽の中の金管がfffであっても決してうるさくないのは、爆発していない、そういう楽器編成、そのような音作りをしているからだろう。高校の時は爆発していた。高校生だから仕方が無いことと言い切ることもできるが…。
ベートーヴェンとは全然関係ないが、たしか1990年頃、ホルストの「惑星」をイギリスの優秀な奏者を集めて録音しようという企画があった。優秀な奏者とは、ロンドン・フィルとか、ロンドン交響楽団などの管楽セクションのことだ。CDの解説を読むと、全員が集まった1日めに楽譜が渡され、2日めに録音が完了したという。私は聴いたが…1日めに聴いて、2日めにお払い箱であった。もう手元には無い。いかに優秀な奏者を集めたとはいえ、結局はやっつけ仕事だったのである。
クラシック音楽の録音が、いかに古くても今なお聴き継がれているのは、楽団として常にまとまった活動をして1個の楽器であるかのように演奏し、そこに楽団の個性があり、しかもその団体を指揮者が強く指導し解釈を色濃く反映させてひとつの芸術作品としてまとめあげているからだろう。そういう要素が無い、つまり芸術的教養が根底に無い演奏は、いかに楽器の音が揃っていようとも、2度聴けないのである。
余談:ベートーヴェンの吹奏楽=行進曲は、LPの時代からすでにまとまって録音が残されていた。有名なものは、A面にカラヤン=ベルリン・フィルによる「戦争交響曲」があり、B面に行進曲が、上記のWoO
24も含めて7曲ほど収録されたものだ。同じ内容でCDが発売されたこともある。その録音の評で、「カラヤンは、このような小品もうまくまとめて…」といった内容の文章を読んだことがあった。たしかにカラヤンの名は載っていたがそれは「戦争交響曲」の指揮者としてであって、行進曲の指揮者はベルグラースである。何も読まず何も聴かずに書く評論家がいることの証明でもある。
(2009.9.20)