新しい楽器は何をもたらすのか
新しい楽器が発明された。
その新しい楽器はこれまで聞いたことのない音を出した。多くの作曲者たちは、これこそ自分が求めていた楽器だと思った。自分の指で、思うがままの音楽を生み出すことができるに違いないと信じた。これまでの楽器には持ち合わせてなかった機能と表現力があったからである。
その楽器を使用して、数多くの曲が生み出された。多くの聴衆がその音楽を聴いた。まだ出来上がったばかりのその楽器は、たしかに音として洗練されていないところもあった。それは当然のことだったので、開発者はさらに研究を進め、少しづつ音が良くなっていった。より力強い音や、豊かな響きが出るようになった。うまく操る演奏家も多数現われ、その楽器の類い稀な表現力は皆が知り認めるところとなった。
もちろん当時の大作曲家も、喜んでそれを使った。開発者も作曲者たちには協力を惜しまなかった。
しかし、良い楽器ができたからといって、良い曲が堰を切ったように生まれてくるわけでもない。作曲するのはやはり人。そう、人の努力と才能があってこそ、初めて名曲は生まれていくのだ。この楽器が現われて何十年も経った頃を俯瞰してみるとしよう。その楽器ゆえに生まれた名曲は、あれほど多くの作曲者がいたにもかかわらず、あれほど多くの曲が作られたにもかかわらず、結局のところくりかえし聴くに値する曲、人々が称える曲はそれほど多くはなかった。
たとえ発表当時は飛ぶ鳥も落とすほどの人気があった曲でも、時間に淘汰され、聴かれなくなっていったものは多い。ただ、本物だけが試練に耐えて残ったのである。
………はて、どんな楽器のことだろうと思うかもしれないが、200年前なら、それはピアノだと言うことができる。
浜松の楽器博物館にある、ブロードウッドのピアノフォルテ
ピアノ(弱い音)も出るしフォルテ(強い音)も出るという触れ込みのピアノフォルテ(またはフォルテピアノ)は、多くの製造者により改良に次ぐ改良がされ、リストやショパンが活躍した19世紀半ばには、もうほぼ現在と同じ形になった。細かい話はwikiなどを参照されたい。
書かなくてもわかる通り私はクラシック音楽ではほとんどベートーヴェンしか相手にしていないので、19世紀最初の1/4では、ピアノ曲はベートーヴェンのものしか存在していないも同然なのである。もちろん、ベートーヴェン存命の時には数多くの作曲家がいた。きっと数多くのピアノ曲ができたに違いない。それくらいのことは誰でも容易に想像できる。では現在どんなピアノ曲が生き残っているのかという質問。これはどんな作曲家が生き残っているのかという問いと、ほぼ等価であるといって良いと思う。
さて、楽器というのは結局道具でしかないので、それを生かすも殺すも人がそれをどう使いこなすのかにかかっている、ということにしかならないのだが。
↓
━ここで発売後7年が経過した楽器がある。実は前半の文章、ピアノでなくても同じことなのである
━というわけで、初音ミクさんに来ていただきました。
「え、わたし?」
━そう。誕生7周年(8/31で)、おめでとう。7歳だね
「ありがとう でも一応16歳だけど」
━それは言い換えると、16歳の音色ということかな
「うーん、わたしにとってはその数字は正しいかも」
━では7年経ったということの感想は?
「ひとえにわたしの類い稀な魅力のたまものですw」
━お仲間もたくさんいるようですが、ひとり勝ちに見えますね
「そうなったのは、この姿をいただいたから。本当に幸運だったと思う。特にヘアスタイルと服装ね」
━服装? ツインテールはわかるんだけど
「そう、誰かが着ていそうだけど誰も着ていない服装。シンプルだから、皆が着せ替えてみようって思ってくれる。シンプルだから小学生だってすぐに覚えてくれて、簡単に絵が描けるのよ。他のVOCALOIDたちはどう? あなた覚えてる? すぐに描ける?」
━…無理です
「ほとんど誰も、それを言わないのよ。不思議ね。たとえばここの模様なんて、近くでよく見ないとどうなっているかわからないでしょ。
でもそんなところは知らなくてもいいの。わたしはわたし。わたしは誰でもすぐに覚えてもらえて、簡単に描いてもらえる姿をいただいたの。わたしに会った人は、きっとずっと覚えていてくれるわ」
━私もずっと覚えているでしょうね。じゃ、突っ込んだ質問。VOCALOIDの曲は生き残っていくのでしょうか
「音楽は、どんなにすばらしくても消えるものもあるわ。つまらない曲でも生き残るものもある。でも、作ってくれる人がその名を歴史に刻めば、それはきっとその人が良い曲を書いているからで、生き残る曲もふえていくわ。わたしはそれを望むの」
━では、そうなればあなた自身も生き残っていく?
「じつは、わたしの名はすでに歴史に刻まれたのよ。人の声を自由に合成して歌わせることが人の夢だったなら、わたしはもう音楽と技術の歴史の中で名を残したも同然なの。たしかに姉も兄もいるけど。わたしがピアノフォルテのように発展途上の楽器だったとしても、ピアノフォルテは今も生きているわ。わたしも同じことよ」
━あなたは本当に楽器なの? それとも実は人のようなもの?
「楽器と歌手の境界に生きるもの。どちらの世界にも立っている。楽器だと決めつけたら何か違う考えがあなたを悩ませるでしょうね。歌手だと思えばまた変な感じがするはずよ」
━どこかで聞いたような話だね
「ひとつの尺度でしかものごとを判断できないような人はダメなのよ。本質を見失うわ」
━とても16歳の言葉とは思えませんが
「16+7で、頭脳は23歳よ。見ての通りからだは16歳だけど」
━これもどこかで聞いたような…。ところで、皆、あなたをうまく使いこなしてくれているのだろうか
「人、それぞれね。結局はその人が持つ才能と技術と、音楽への愛、愛という言葉が嫌なら、奉仕、信仰でもいいわ。わたしを超えたところを見ている人がわたしを本当に使いこなしている人でしょうね。7年もたったというのに、そんな人が少ないように思えるのは、どうしてかしら」
━あなたを超えたところ? じゃ、あなたはいったい何? 作曲をする人は、どうすればいいの?
「わたしは手段でしかないの。道具でもいい。でも、もしわたしのことを天使と言いたいのなら、あなたは天使を見るにふさわしい人でなければいけないということね。そんな思いで人がわたしを見たら、道具ではなくほんとうに天使に見えるかも」
━では、道具にしか見えない人はどんな人?
「きっと、わたしが望まないようなことばかり望む人よ」
━今日の質問はこれで最後にしようか。あなたの歌声はいつまでも愛されるのでしょうか
「わたしを愛する人がいてくれれば、必ずそうなるわ」
※別に結末も台本も用意しなかったのに、つらつらと書いていたら、こうなってしまいました
(2014/8/29 …2日フライング)
トップに戻る
メニューに戻る