単発講座
7重奏曲(前編)またの名を、「あ、あの7重奏曲のベートーヴェンさんですね」
この曲は初演当時おおいに受けて、その頃からベートーヴェンの代表作であった。その後、交響曲第2番や第3番などを発表する頃になっても、この曲は依然として人気が高く、他の曲を批評する上で「このような曲をこそ作曲すべきだ」と比較されたりもした。人気が出ると一般的にそれと似たような曲を求めてしまうのも、気持ちはわからんわけではないが、それでは本人にとって進歩はない。名曲をたくさん作っても、いつまでたっても「あ、あの7重奏曲のベートーヴェンさんですね」と言われたらイヤだよね。しかし、7重奏曲くらいなら仲間が集まればなんとか演奏できるので、そのあたりも人気の理由のひとつと考えておくべき。
この曲は全6楽章だ。その楽章数にとらわれないところと、その内容から気楽な曲の扱いとなり、そのためにディヴェルティメント風だといわれる。ディヴェルティメントとは難しそうな名前であるが、要は楽しい曲という意味だ。なんだ大した意味じゃないじゃないか。編成としては、まず弦楽4重奏からバイオリンが1本減って、かわりにコントラバスが加わることで音域は下に延びる。また管楽器が3種加わるが、フルートやオーボエではないので、まろやかで重心がやや低めのおだやかな雰囲気が足される。さらに、わかりやすい旋律が豊富で出血大サービス。この曲はそんなこんなで、けっこう深い味わいがあるのだ。人気があって当然だよ。
では、面白い旋律の断片を羅列しながら解説しておこう。
第1楽章 序奏を持つソナタ形式
(譜例1)
この楽章はスキだ。どこが面白いかというと、まず第1主題がよい(上の譜例)。
第1主題は、冒頭が主和音の展開(E♭、G、B♭)を基本としてできているので、わかりやすい印象を与える。この3音をずらすと、ド、ミ、ソ(C,E,G)になる。これは、交響曲第5番第4楽章の冒頭である。どこにでもあるといえば、どこにでもある。しかし最初の3小節で階段状にあがるとなめらかに気持ちよく進んで、もういちど主題が現れる。けっこう面白く聴けるに違いない。主題はバイオリンに出てクラリネットで繰り返し。2度おいしい。
(譜例2)
その後、面白い音の並び(例2)は、覚えておこう。第1主題ではないが、重要である。
(譜例3)
例3の、このあたりの弦楽と管楽の掛け合い漫才は、そのまま面白がろう。
そして第2主題が現われるが、影は薄い。
(譜例4)
下例の●は、第2主題の後半とみてよいかもしれない。■のような合いの手も面白い。楽器が多いと、合いの手がやり易いので、うれしいよね。
(譜例5)
次のクラリネット(●)は、短いけど音の流れが面白い、サビの部分。■のように、突如3連符に変わってまとめようとするところも、面白い。
(譜例6)
第2主題群が終わっての提示部の末尾は、コレだ。この決め技は面白い。
(譜例7)
しかし、問題はココだ。下の譜面の、この●。突如現われたように見えるが、これは、上の譜面例のチェロが変化したものだ。ソ・ファ・ミ・レ、ファ・ミ・レ・ド、と下っていることがわかるだろう。また、その前にくっついている音型は、第1主題の先頭にくっついている音型と同じだ。したがって、なぜか違和感を感じないのである。
(譜例8)
次に面白いのは展開部の扱いだ。普通のソナタ形式では、第1主題や第2主題が展開されるという説明で納得しているが、この曲の展開部は第1主題らしきものが出たと思ったら第2主題の間に現れた断片(譜例8)と、提示部の終結部分に現れた旋律(譜例2)が、交互に現れる。やっと第1主題の断片かと思われるものが出たら、なんだもう再現部か、となる。改めてチェックすると、展開部って何をするところなのかを考えさせられる。ま、面白かったら何をやってもいいんだけどね。また、再現部は第1主題の繰り返しがかなり自由に展開されている。ここまで変化しているのは当時として珍しかったのかどうか。それはわからないが聴き所であることは確かだ。
ということで、展開部はやや短めであるが、そのかわり再現部やコーダでなかなか面白い展開をしてくれるので、十分に聴いたという印象を残してくれる。面白いソナタ形式だ。傑作と言ってよい。
第2楽章 ソナタ形式
(譜例9)
ベートーヴェン得意の、いわゆる息の長い旋律による、ゆるやかな楽章。バイオリンのためのロマンス(ヘ長調)にも似た感じで始まる。ベートーヴェンの交響曲では、緩やかな楽章でクラリネットやファゴットを多用する傾向にあり、この曲はその長所がそのまま現われる。
(譜例10)
管楽器で合いの手を入れられるので、流れが面白い。たとえば譜例10の上は第2主題。これは弦楽器であるが、すぐに管楽器も同じことをする。
譜例10の下のように、遊んじゃっているところも面白い。
第3楽章 メヌエット
(譜例11)
ピアノソナタ第20番ト長調の第2楽章と同じ旋律であるが、こちらが後にできたせいか、こなれた動きをしていて、より面白い。付点音符の扱いがピアノソナタと異なるのだ。譜例12のようなホルンの動きは、お約束ですね。
(譜例12)