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ソナタ形式( Sonatenform )とは


 古典派の作品に馴染みのある人には当然のごとく知っているべき言葉に「ソナタ形式」(および、主題提示部、展開部、主題再現部)があるが、誰がこの言葉を使い出したか、ご存知だろうか?

ちまたでよく見る一般的な図式(カッコ付きの部分は、無い場合もある)

(序奏) 主題提示部 展開部 主題再現部 (コーダ)

 不肖私もそんなことにはこれまで考えも及ばなかったが、昨年(2010)、やっとこの言葉を「発明」したのがベートーヴェンの死後だったらしいことを知った。
 というか、10年以上前から持っていた本「ベートーヴェンとその時代」(カール・ダールハウス著、杉橋陽一訳、西村書店)の第5章に言及されていたのだが、お恥ずかしいことにあまりにも分厚く各ページの文字数が多かったので、全くといってよいほど読めていなかったのだ。この本は4センチの厚さがある。枕には持ってこいだョ。
 その本から抜粋すると、

 ソナタ形式の図式は十九世紀初期に構想されたもので、ベートーヴェンの作品、ことにそのピアノ・ソナタによって抽象化された。しかしこの図式はまずは分析手段ではなく、教授法の手段として━━作曲教程の初歩として━━考えられた。したがってしばしば、荒っぽすぎるという非難がこれに対して投げかけられたが、実はこの図式が満たすべき目的がそもそもその原因であったのだ。

 要は自分の講義でベートーヴェンのピアノ・ソナタを例に楽章の構造を解説するために使う用語が始まりだったという、ローカルな落ちだったのである。当然ハイドンもモーツァルトも、ましてやベートーヴェンも、「ソナタ」は知っていても「ソナタ形式」という言葉は知らなかった。

 ダールハウスの著作では文脈上「ソナタ形式」という言葉の発明が誰とは書かれていないが、アドルフ・ベルンハルト・マルクス(1795-1866)が1857年の著作で論じたという記載がある。また、解説でよく見る「ロンド・ソナタ形式」は、「ソナタ・ロンド形式」という言葉でマルクスが分類に使ったということである。「ソナタ形式」という言葉もマルクスの発明なのだろう(推測)。本に著すとそのまま世に広まってしまい「ソナタ形式」が定式化されたが、ベートーヴェンの曲を研究したことが発端だったのだ。

 となるとマルクスらの「ソナタ形式」の定義をそのままハイドンやモーツァルトにあてはめると、合わないところも出てくるだろう。逆にベートーヴェンを意識して作曲した後世の作品をベートーヴェンと比較するときには十分に役立つ言葉に違いないと思う。
 よく解説で読むことがある「展開部を省略したソナタ形式」という言葉も、単にベートーヴェンが通常使う構造と比べたら展開部が無い(もしくは非常に短い)というだけで、決して実際に「ソナタ形式の一部を省略した」というわけではないということになる。いや、ベートーヴェンの曲をよく知っていさえすれば、たとえば選帝侯ソナタ(1782)には展開部の無いソナタ形式があるのが一目瞭然だろうし、他にもそんな曲は多い(*1)。
 誰かがどこかで書いていたのだが、「展開部の機能とは、いかに主題再現部を導くかということ」なのだそうだ。
 ということなら、この形式の初期は「ツナギの部分」は短かったはずだ。調のつながりを考慮してうまく主題再現部につながればいいのだから短くてかまわない。「ツナギの部分」が無しでもよいような曲もあっただろう。少なくとも「ツナギの部分」が最初から長かったということはありえない。
 普通なら、主題再現部を導くとても短い「ツナギの部分」が発展して展開部になったのではと考えるだろう。

 交響曲をいくつか調べてみたが、モーツァルトの場合は展開部が短めである。主題提示部や再現部の半分にしかならない場合も多い。それに比べてハイドンは、やや長めである。このあたりは当人のバランス感覚なのだろうと思う。

 ともかく「ソナタ形式」とは、古典派の皆々様にはとんとあずかり知らぬ言葉だったのである。

*1 序曲に多い。例えばベートーヴェンなら「プロメテウスの創造物」(1801)、モーツァルトでは「フィガロの結婚」(1786)、シューベルトなら「ロザムンデ」(1820)劇そのものが本題なので、序曲でがんばって展開する意味はあまり無い。

(2011.9.20)



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