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弦楽4重奏曲第10番第16番


我はどのよーに弦楽4重奏に親しんだか

 一般的に「渋い」と言われる弦楽4重奏は、ファンが少ないのかどうかよくわからんが、とっつきにくそうという、ま、一応そういうことになっている。管楽器や打楽器が無いので色彩感に乏しいのはあたりまえで、派手さがあるわけではないから仕方が無いが、それでは大変にもったいない。ここでは、解説もまじえて私がのめりこんだきっかけをお話ししようと思う。というか、のめりこんだのはベートーヴェンのみなのだが。しかし、一般の人よりは比較的早めに入門したといっていいだろう。

 それはたしか、高校1年くらいだったと思う(1975頃)。NHK-FMでベルリン弦楽4重奏団の来日ライブ演奏の録音を放送していた。プログラムは第10番「ハープ」、第16番だった。それを私はテープに録音し、何度も聴いたものだ。その演奏会では、第2バイオリン奏者が気分が悪くなり、第16番の第3楽章以降の放送はされなかった。
 結局、私の初体験は第10番と第16番の1,2楽章だった。10代における私のお気に入りであった。エアチェックはあまりしていなかったので、読書しているときのBGMは、そればかりであった。ながら聴きだ。それで気に入ってしまったわけだ。今はCDになった同じベルリン弦楽4重奏団の録音で全曲を持っているが、これら2曲は記憶とさほど変わらない演奏であるので、大変うれしい。

というか、幸運だっただけ

 「ハープ」は、ベートーヴェンの弦楽4重奏では、はっきり言って一番わかりやすい曲であると思う。さらに第16番も、前半2楽章はかなりわかりやすいものだろう。この組み合わせが初体験であったとは、じつに幸運であった。私は、そのころクラシック体験は3年目。有名どころの交響曲程度しか知らなかったのだ。


弦楽4重奏曲第10番 変ホ長調 「ハープ」
第1楽章 ソナタ形式
 ハープの音を模倣したかのような部分が印象的であるが、魅力はそれだけではない。主要旋律が、バラエティに富むところがよいのだ。
 
 第1主題は、長い音符を含む流れるような愉悦感ある旋律。

 推移部は、ピチカートが8分音符のきざみに乗る、「ハープ」という名前の由来になったところ。

 第2主題は、16分音符が連続した波のようにうねる動きを見せる。

 他の部分についても飽きさせない。何より、コーダにおいて第1バイオリンが激しく分散和音を演奏する中、チェロの「ハープ」ピチカートに乗って第2バイオリンとビオラが情熱的に歌うところは、とてもかっこよい。全曲中の白眉であろう。
 面白さという点で、完璧な楽章である。

第2楽章 ロンド
 渋めで始まる癒しの音楽。いくつもある旋律が、どれもいい。冒頭の主題は優しく語りかけるように落ち着いた気分にさせ、

中間の2主題は、ちょっぴり孤独感に浸るようなものや、

ささやかな楽しみを得たかのようなもので、

じつに味わい深い。

第3楽章 スケルツォ
 前楽章から比べて一転激しくなる。解説では、「運命の主題」に似ていると必ず書かれるその主題であるが、実際の構造は、細かなタタタタン!に注目せず、チェロなどの和音打撃と、それに続く細かな動きの対比に注目すると面白い。

 主題が主題であるだけに、随所に、交響曲第5番の第1楽章に類似の動きがあるので、探してみるのも面白い。しかし、面白いのは、そこだけではない。

 トリオが超高速! この部分は、8分音符の3連符で2拍が1小節かなーと思ったらおお間違い。やはりご多分に漏れず3拍子で、4分音符3個で1小節というように作られている。主部より高速になり、その疾駆するさまは、手に汗握る興奮だ。本来、トリオの部分は、主部よりも遅い速度で作られているはずが、この曲に限っては、逆なのである。

ここの演奏は、全員で暴走!爆走!激走!していただかないと困るのである。付点2分音符(1小節)=150くらいのデッドヒートが望ましい。

第4楽章 主題と変奏

 気分が高揚する堂々とした楽章ではない、第3楽章が激しかったぶんだけ、落ち着いた雰囲気にさせる変奏曲。よく見受けられる、変奏を重ねるにつれて音符が細かくなっていくような常套手段ではなく、いかにもベートーヴェンらしいブっとんだ性格変奏であるが、主題が比較的おとなしいので、結果として気楽に聴けてしまうところがよい。


弦楽4重奏曲第16番 ヘ長調
第1楽章 ソナタ形式
 短い序奏があり、すぐに散歩するような第1主題が現われる(例1)。のんびり遊ぶような演奏もあるかもしれない。こちらも、音符の使い方にバラエティがあり、例2のように、何か意味ありげに長い音符と短い音符が交代したり、面白い。小じんまりとした楽章で、おっとりした味がある。例3のような、なめらかな第2主題があれば、例4のようにきびきびした対比もある。



第2楽章 スケルツォ
 前楽章がのんびり遊ぶように聞こえたら、こちらは、思いっきりはしゃぐようだと言えば違いがわかるだろう。上の冒頭は、全4楽器が全く異なるリズムで動くという面白い例である。


 しかし、それにも増して中間部の面白いこと。奇ッ怪と言ったほうがいいかもしれない。下の例は上昇が3オクターブにもなろうかという主題であるが、先頭にある8分音符からなる音形と、末尾の跳躍するような音形に注意する。しばらくすると、8分音符の音形が連続していく上を第1バイオリンが跳躍しまくるという、どう形容していいかわからないが大変に面白い部分になる。はたして遊んでいるのか、さもなくばギャグをブチかましているのか、という印象深い場面だ。

 以上で、私の初体験は終わりである。この6楽章が初体験で、ほんとありがたいことだったと思う。NHK-FMをボロなラジカセでエアチェックしたのは偶然のことで、録音しなくちゃと何日も前から待っていたわけではなかったのだ。これが他の曲だったら、のめりこむのが遅くなったに違いない。

仕方が無いので、残り2楽章も書いておこう。

第3楽章
 なかなか渋い味わいである。疲れた現代人に象徴される何かを表現したようで、共感を覚える。

第4楽章
 「そうでなければならぬか?」の主題による序奏。何が「そうでなければならぬか?」は、各人が適当に自分のことをあてはめてみるとよい。

 「そうでなければならぬ」の主題による、ソナタ形式第1主題。明るいものなので結論はいたって軽い内容だったのかもしれない。あまり「人生」にあてはめないほうがよいかも。なぜなら……

 じつは第2主題もけっこう明るいので、序奏で悩んでいた問題がいったい何だったのか、さっぱり見当がつかないのである。

 ということで、「苦悩を通して歓喜へ」というより「くよくよ悩まないで、パーッとやろうよ」というのがぴったりの第4楽章である。


(2003.11.22)



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