弦楽三重奏曲は、ねらい目
とにかく、渋いながらも室内楽の最高峰として君臨する弦楽四重奏曲を尻目に、いわゆる前期の作品集として弦楽三重奏曲がある。多楽章のOp.3、Op.8は、いわゆるディヴェルティメントだ。一方、お堅い(?)4楽章形式で3曲セットになっているのはOp.9だ。簡単に言うと、これらの三重奏曲はだれも注目してくれない(泣)。そもそもハイドンを筆頭にかなりの数の弦楽四重奏曲が作曲されて普及しているし、その後ベートーヴェンが弦楽四重奏で名作を残したのだから、弦楽三重奏曲が日陰になってもそりゃ仕方が無い。けど、面白い曲は面白い。
ちなみにウィーンの楽壇デビュー・シリーズはこうなっている。
1795年
Op.1 3曲のピアノ三重奏曲
Op.2 3曲のピアノソナタ
Op.3 弦楽三重奏曲
Op.4 弦楽五重奏曲(管楽八重奏曲Op.103の改作)
1796年
Op.5 二曲のチェロソナタ
1797年
Op.6 ピアノソナタ(連弾)
Op.7 ピアノソナタ第4番
Op.8 弦楽三重奏のためのセレナーデ
1798年
Op.9 3曲の弦楽三重奏曲
実際には他にも作曲しているが、番号を付けて出版したということでは以上のとおりだ。ここでは、とにかく室内楽ばかりで、しかも三重奏が多いということが気になるところか。
栄光のOp.1にピアノ三重奏を持ってきたのは、社交界のデビューのためピアノを含むアンサンブルにしたかった、というのが通説らしい。続くピアノソナタは当然、作曲者兼ピアニストの実力を示すためのものだ。ピアノソナタを先にすべきじゃないかという考え方もあるが、あまり間をおかないで出版する気なら、まあ、どっちが先でもいいと思う。
その次に弦楽三重奏が来るわけだから、多楽章形式のお気楽なディヴェルティメントであっても自信作といってよいだろう。しかし、本当の自信作はOp.9の3曲のほうだ。
では、ここでなぜ三重奏曲なのかと考えるとき、ちまたでは弦楽四重奏の作曲の練習だなどと解説していることが多いらしいが、だったら四重奏の習作を作っていればいいだろうと思っている。作曲したからといって、必ず発表して出版しなければいけないというわけでもないだろう。事実、WoO番号とかHess番号とか、つまりおおっぴらに発表してはいない曲とか埋もれさせてしまった曲がかなりの数残されているわけだから。Op.4の原曲の管楽八重奏曲も、Op.1以前に作曲されながら番号がついたのがかなり後で、103番になってしまった。
さて、これら5曲の弦楽三重奏曲は、クセがあってなかなか面白い。それはひとりで2個以上の音を出す重音奏法の部分で、かなり多くの箇所で聴かれる。それもジャン!と終わる打撃のような音ではなく、長く持続する重音だ。自分の耳のせいかもしれないが、重音奏法は音色が鋭いな。録音のせいもあるだろうか。
音色のクセはともかく、曲全体をみても弦楽四重奏に比べて重音奏法がやたら多いように感じられるのは、3人だからだろう。普通の和音は一応3個でできるが、いろいろな組み合わせで豊かな音楽を作るとき、音が3個よりは4個のほうが便利だ。ここでは難しい和声の話なんてする気は無い。あるいは、もし1名が主旋律で、もう1名が対旋律を演奏することになると作曲者としては、残りの1名による伴奏をなんとか豊かになるように工夫せざるを得ない。結局三重奏では頻繁に誰かが2個の音を出すことになる。そのため、弦楽四重奏に慣れてしまうと、逆に弦楽三重奏のほうが悪戦苦闘しているんじゃないかと思えてしまう。実際その通りなのだろう。それくらい、楽譜の上では苦労しているように見える。
話は脱線するが、私の好きな曲でビオラとチェロのための二重奏曲というものがある。こちらはたった2名なので開き直っているのかどうなのか、それほど重音奏法が出てこない。2名じゃ仕方ないよね。
それはそうとこれらの三重奏曲は、たった3人とは気付かせないで進むこともあって、聴き所が多い。旋律としてはけっこう親しみやすい。4楽章形式のOp.9の3曲もそうだが、多楽章形式の2曲はディヴェルティメント(要は気楽に楽しむ)なので、十分わかり易い。七重奏曲の仲間である。
Op.1の3曲の三重奏曲がハイドンの前で演奏され、ハイドンに、「3曲めは出版を控えたらどうか(真意は不明であるが)」と言われたのは有名である。ベートーヴェンが3曲めに一番の自信を持っていたからだが、Op.9の3曲についても同じで、3曲目に一番自信を持っていたようだ。どちらもハ短調を主調にしたというところに注意しておきたい。
5曲の中で推薦するなら、Op.9-1のト長調が元気いっぱい、Op.9-3のハ短調は深い情熱がある。さらにこの中では、どちらも第1、第2楽章が面白い。
(2008.4.18)