交響曲「田園」第1楽章の長いクレッシェンド
「田園」の第1楽章の展開部では、長いクレッシェンドが2回現れる。第1主題の2小節目によって作られる独特の部分だ。下図は、その1回めの部分、横軸の数字は小節番号だ。151小節のppから、175小節のffに至る長いスロープ。このスロープには、cresc.
poco a poco - - - - -
というような指示がある。音を少しずつ大きくしなさい、という意味だ。したがって、その動きは図の黒い線のようになるのが普通の考え方だろう。
しかし、そのように均等に音が強くなっていくようにうまく演奏できるものではない。最初の部分での音量の増大のペースが狂うと、ピンクの線のようになるというのだ。これは、ワインガルトナーが指摘している。
ffに至る前に、これ以上増大できないレベルに達し、それこそ「田園」が喧騒すさまじい都会に変貌してしまうのだ。
これではいけないので、ワインガルトナーは赤線の方法を提案している。つまり一旦163小節で音を弱めるのだが、それはこの部分が変ロ長調主和音からニ長調主和音に変化して風景が一変しているために、違和感無くできるのである。
しかし、もうひとつ、うまい方法がある。それは、最初のうちなるべくクレッシェンドを弱く済ます方法だ。最初の4小節ないし8小節を、ほとんどクレッシェンドしない。そうすると、残りの小節で十分にクレッシェンドができる。図の青線のような方法は、途中で弱くなることが無いので、気持ちよく聴ける。
この部分の盛り上げ方は、前述の調の変化や、4小節単位で楽器の組み合わせが変わるために、工夫の余地がかなりあると思う。たとえば、第1、第2バイオリンの持続音のみに注目して聴いても面白いと思う。
さて、こういった様々な工夫以外に、私は、このような演奏を生で聴いたことがある。
それは、p dim. - - - mp dim. - - - mf dim. - - -
というような演奏、つまり、
というダイナミクスの扱いだ。とあるアマチュア楽団の演奏だったのだが、一聴、バカバカしくなった。ベートーヴェンのクレッシェンドをわかっていない。その解釈がどんな理由付けがあったにせよ、ベートーヴェンと楽譜を無視していることは明らかであり、そもそも、ベートーヴェンにとってクレッシェンドがどれほど重要であるかがわかっていないのである。
バカバカしい解釈はさておき、この息の長いクレッシェンドは、誰にでもすばらしい情景を魅せてくれる。単調のようで絶対に飽きがこない。恐るべき展開手法であるといえる。
(2008.12.23)