交響曲「田園」の「嵐」の構造
「嵐」は5人、いや、5つの部分に分かれている。
ここでは、別ページでも述べた「田園」の第4楽章の構造を、詳しく見てみよう。
この楽章は、一見なんだかのんべんだらりと嵐が来て去っていくように聴ける。ここは全5楽章のうち唯一短調で、しかも人間を感じさせる要素が少ない(無い?)楽章であるためか、ただ聴いただけでは構造が見えないのだ。ではその構造を示してみよう。
小節番号 | 小節数 | 内容 | 備考 | |
@ | 1〜32 | 32 | 主題1 | 嵐が来るぞ、という場面と、第1波到来 |
A | 33〜55 | 23 | 主題2 | 嵐第1波、クライマックス |
B | 56〜77 | 22 | 主題1 | 一旦静まった嵐が、また来るぞ、という場面 |
C | 78〜135 | 58 | 主題3+主題2+主題3 | 第2波の嵐は、より強く長い |
D | 136〜155 | 20 | 主題1(ただし伸びている) | 嵐は去った! |
上の表は、調とかの明確な区切りではなく、あくまでも私の感覚に拠った。
主題1
主題2
主題3
全音楽譜出版社版の諸井三郎氏の解説ではこの楽章を4部に分け、さらに各部分を細かく分けていくが、私はこの交響曲の最も自然描写が濃い楽章をそんなに細かく分けていいのかと思う。そこで特徴的な主題1,2だけを見ていくと、[A-B-A-B-A]という形式になる。第3楽章にあったロンド・スケルツォという形式が、次の楽章でももう一度繰り返されているのだ。2回現れる主題2は、どちらも嵐の中央部分で出現するので、"B"を嵐本体であるとしよう。例に出した主題2の最初の2小節、つまり稲妻2回は、主題2の2回めの出現では出てこない。だから正確には主題2に稲妻は含まれない。こまかいことなので、どうでもいいが。
主題3を主題2のオマケとみるべきか独立させるべきか([A-B-A-C-B-C-A]になる)は皆さんにお任せしたいが、ともかく、2つ(3つ?)の主題が交互に流れていく様子はおわかりいただけると思う。しかし、単純に2つの主題を交互に並べるだけで良しとせず、自然現象をなるべく正しく扱おうとしているその姿勢は、サービス精神旺盛だ。
主題1と2は描写性に富む音型と思うが、主題3の息の長い旋律は何かの意思のようなものを感じる。この主題3の存在が鮮やかなアクセントになっており、嵐があたかも生き物のように世界の不浄なるものを洗い流していく(言い過ぎかも)描写は、さすがといえる。
余談1:譜例「主題2」の最初の2小節では、稲光より音が先に出ている。本来「キラッ!ドン!」であるところが「ドン!キラッ!」になっているのは、あくまでもリズム優先のためであろう。
余談2:迫力を得るためにトロンボーンを使いまくりたいかもしれないが、実際に使われているのは表のCのうち、たったの14小節なのだ。しかも3本ではなく2本しかない。
余談3:この楽章のスゴさは、なにも旋律や構造だけではない。下記の赤印のように、あちこちに工夫が存在する。緊張感を与えるオーボエとファゴット、クラリネット。さりげないフルートの持続音は、風を切る音か。音程が合わないのは承知の上の低音弦など、感じ入る場面には事欠かない。これらの全てが、2管編成という限られた楽器で作られているのだ。
(2011.7.29)