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発責 大館市東台6-5-83 鷲谷豊
北羽歴史研究会 会報 NO.213 2009(H21)年7月1日
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7月、学習会を開催します。
7月16日(木)、通例学習会開催、13:10〜15:30 於・大舘市中央公民館
記
テーマ 1、 大館周辺の中世の城館(3)〜他 … 武田政二郎
2、 戊辰戦死者の二つの祭文と人々 … 丸屋 悧
以上
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■ 八月、実地研修会を開催します。
第48回実地研修会の開催、8月25日〜26日(1泊2日)、
テーマ・由利南部の史跡と鳥海山、院内銀山と小野小町。
行程予定 8月25日、午前8時、大館中央公民館を出発。(早め集合の事)
二ツ井より自動車道へ、途中休息などを経て日本海自動車道、平沢へ。
仁賀保町平沢漁港等→金浦町勢至公園浄蓮寺等→象潟道の駅蚶満寺等、
→鳥海山へ(鳥海ブルーライン)鉾立展望台(五合目)、
下山→由利高原→矢島町経由→鳥海町.鳥海荘(宿泊)TEL0184-58-2065
26日午前8時半、鳥海荘発
→法体の滝(日本の滝百選、名勝天然記念物県指定)→国道108→雄勝院内へ
院内銀山跡・金山神社・異人館・小野小町塚等、道の駅雄勝・昼食等。
帰途→自動車道、雄勝こまちIC→秋田自動車道・西仙北SA休息等→
八郎潟SA→二ツ井IC→大館へ、中央公民館帰着予定午後5時。
○参加費 18,000円(交通宿泊見学昼食等諸費)但し初日昼食は自弁に願います。
○参加申込 事務局金沢長一郎まで、電話0186-42−3929へ、
宿予約の都合につき7月中お早めに申込下さい。会員外も歓迎、勧誘ください。
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■鳥海山 名峰鳥海山は古代からの山岳信仰の歴史が深い。大物忌、金峰、霊峰神社など
由利各社には神事や民俗芸能など継承される。併せ「国史跡鳥海山」と指定されると言う。
■院内銀山 比内大葛の鉱山歴史に関る荒谷氏は、藩により院内へ銀山再生にも派遣され
た。院内金山神社奉納者に荒谷忠右衛門荒谷和三郎の名が残る。北と南の因縁を知るべし。
■合併で新市町名なのですが、字数を取り且判別難につき旧町名で書いてますのでご容赦下さい。wa
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■佐々木兵一氏の資料から 小場義成の大館入城について 千葉克一
初代の大館城代の小場義成が、いつ大館へ入城したかについては「慶長15年」いや
「13年」などと諸説があるようです。
佐々木兵一氏資料の中に「檜山・多賀谷文書」と思われる一枚の「覚」を見ました
ので紹介したいと思います。
その重要部分は「檜山の霧山城代として小場宇兵衛(=右兵衛=義成)が慶長七年
の御国替から八ケ年居城し、酉年三月に大館へ移し置かれ、同年五月に白岩より多賀谷
左兵衛が移し置かれ霧山に居城致し…」というところです。酉年とは慶長十四年です。
後段には「右は天和元年(1681)に公儀へ仰立てらる控にて」とあって、信用しても
よいように思われますが、みなさんいかがでしょうか。
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「 覚 秋田城之助一族の由 霧山城時代 秋田相模
慶長七年寅年御国替の砌 城之助家老大高傳右衛門と申者 霧山の城引渡申候に付
今度より今宮摂津守罷出請取被申候儀承候 同年此方より御城代小場宇兵衛被仰付
八ケ年居城 酉三月宇兵衛大館へ被移置 其跡へ同年五月白岩より但馬守多賀谷左
兵衛にて被移置九ケ年霧山に居城致候 巳年より一国三城仰付の被仰付 梅津半右
衛門殿奉行にて只今屋敷へ普請被仰付 同年より屋敷へ移候 拾弐ケ年居住致辰年
但馬守岩城跡目被仰付亀田へ被参候 多賀谷跡目古左兵衛兄彦太郎被仰付 其彦太郎
隆経早世致候に付 親左兵衛多賀谷の跡目総則被仰付候 但馬宣家より檜山に居住致
候事 手前迄四代にて当年迄 七拾弐ケ年に御座候以上 /多賀谷左兵衛 /
酉四月十三日 中川宮内殿 小川九右衛門殿
/右は公儀へ被仰立控にて西沢谷酒楽相認差上候写慶長七寅年より今年迄百八拾三年
辰四月 」
終
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■ さて皆さん如何でしょう?。
既史料としては同じく多賀谷家書によるとの「同15年戊年迄白岩に御座候テ同年白岩
ヨリ檜山御本城御移り…」『檜山郷土史稿108p』の記述があります。一見を?? wa
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