第四章 決戦
誰かの暖かな気配に包まれていた。
夢の中で掴んだ手の持ち主を探して、岩村千早は目を覚ました。
いつもなら優しい微笑みをくれる人は部屋のどこにもいない。
また朝風呂に行ったのだろうかと思った千早は、冬馬の荷が消えていることに気がつき、愕然とした。
冬馬が山小屋に戻ってきたすぐ後に、二人は山を降りた。そして早立ちの飛脚が出立するのと入れ変わるように旅籠に落ち着き、ともかくも一眠りしたのだ。
朝が明けぬうちにと、冬馬は何故か先を急いでいた。
『刺客は追い払っただけだから、まだ危険だ』と用心棒を買って出た男はそう口にした。
それでも、冬馬が隣でのんびりと眠っている。千早はそれだけで幼子のように安心して眠りに落ちた。
なのにどうしてなのだろう。
裏切られたと嘆く気持ちよりも、親とはぐれた心細さで胸が痛む。千早はともすれば涙が零れ落ちそうになる自分を戒める。
黙っていなくなるような人ではない。
そう思い立って、千早は手がかりを求めて廊下に飛び出た。するとちょうど宿の仲居が通りかかった。
「おはようございます。ただ今朝餉をお持ちしますね」
そう千早に告げると、仲居は奥に声を投げた。
「榊様は? 私の連れはどうした?」
年配の仲居は、子供でもあやすように千早に優しく微笑んだ。
「まずは、朝ご飯をお食べ下さい。お連れ様からもそう言付かっております」
言い合っている間に、千早の部屋は手早く布団が片付けられて、朝餉の並んだ膳が用意された。
「さあ、冷めないうちにお召しあがって下さいな。お腹が空いていると、ただでさえ元気がなくなるものです」
母親のような迫力で押し切られて、千早は御櫃からよそったご飯に箸をつけた。
どんな時にも腹は減るものなのだ。失恋した娘はやけ食いをするなんて俗説を思い出して、千早は苦笑いした。
それが千早と冬馬の間に当てはまるという訳ではないのだが。
得体の知れぬ若侍のことなど、さっさと忘れてしまおう。勇ましいことを言っていても、現実に手練れの浪人共と対峙して、怖じけづいたのだろう。
所詮、千早に降りかかった凶事だ。冬馬にとっては他人事。
それに。
冬馬が信じてくれと頼んだ訳ではない。用心棒を頼むと決めたのは自分。だから今更恨むのは筋違いだ。
だけど、やはり腹は立つ。
さよならも言わずに姿を消した冬馬と、何よりそんな男と見抜けなかった自分自身に。
敵を取るように朝餉を食べ終えて一服していた千早の元に、先ほどの仲居がやってきた。
「お連れ様から文をお預かりしています」
千早は手にしていた湯飲みを膳に置くと、差し出された文を受け取った。文を開いて、冬馬の手による達筆な文字を読み進めているうちに、千早の顔色が青くなってゆく。膳に置かれた湯飲みに熱い番茶を入れ直しながら、仲居は気遣わしげに見つめた。
「あの方は? 榊様はいつ立ったのだ!」
「お客様がお目覚めになる半時ほど前です。宿代をちゃんとお支払いの上、お心付けまでいただきました」
仲居の台詞の後半は千早の耳には届いていなかった。
千早はすっくと立ち上がると、手早く身仕度を始めた。
その様子に気がついて仲居が声をかける。
「では、こちらにお召し替え下さい。自分がいないのだから、できるだけ違うお姿で追っ手の目を眩ませられないかと仰られて……」
冬馬がどのように事情を話したかはわからない。だが、平然と仲居はきちんと畳まれた白衣を千早に差し出した。
「以前、施療所の若先生に往診に来ていただいた際、お忘れになっていったものです。どうせ後でお客様が若先生をお訪ねになられるはずだから、ちょうどいいと言って」
仲居は千早に白衣を着せると、その手に印籠を握らせた。
「この印籠が、お客様の身分と安全を保証します。この都の者で、榊の紋を知らぬものはおりませんから」
仲居の説明を聞きながら、千早は冬馬の言葉を思い出していた。
「ありがとう」
――関所を抜けたら、そこの番人に榊冬馬の名を告げ、この印籠を示し、施療所への案内を願いように。そこには私の叔父と弟の恭之介がいる。けして悪いようにはしない――
眠りに落ちる寸前、呪文のようにあの人が告げた言葉。
――何があろうとも、あなたは生きなければならぬ。そのためには、利用できるものは、それが何であっても、利用するだけの靱さを持たなければならぬのだ――
何があろうとも。
「……正景!」
北都まであと僅か。
二人とも生き延びるために、あの子と交わした約束。
それをここまできて破る訳に行かない。
千早は急ぎ足で北都へと向かう関所へと向かった。
あなたが行けというなら行こう。
生きろと言うなら生きよう。
けれど、けして死なせはしない。
榊……冬馬さま。
私は、千早は、何一つあなたに告げていないのだから。
☆
隣を歩く人物を見下ろし、榊恭之介は重い溜息をついた。
いつの頃からか母の背を追い越してしまった。奈津は市井の女性に比べると背の高い方なのだが、それでも息子たちとは頭一つ違う。
そう、恭之介の健闘も空しく、双子の母親は長男の窮地をこの手で救わんと結局勇ましくも侍姿に身を変え、次男坊についてきたのだ。
いや、こうなればもう立場は逆だ。
昨夜、冬馬が山中で浪人共と危険なやり取りをしている光景を、双子の弟だけではなく生みの親である奈津も見ていた。それが単なる悪夢ではないと、古くは神沢と同じ巫覡の血脈であるこの親子はよくわかっていたのだ。
女親はただでさえ、わが子を危険から守るのは母親の役目だと自認してるものだ。しかも、奈津は幼い双子に自ら剣の指南をするほどの剣の使い手で、その辺のならず者なら片手で捻ってしまうほどの伎倆がある。その自信があるだけに、最初から恭之介の手に負える相手ではなかった。
奈津を説得できる唯一の人間である父の周防が、お役のせいで夜明けというのに屋敷に戻っていなかったのが、最大の敗因であろう。
しかしながら、災い転じて福となるというたとえ通り、結果的にはそれが恭之介には吉と出た。
二人が関所の前まで来た時、役人に印籠を見せて何かを尋ねている、どこかで見覚えのある白衣に身を包んだ若者がいた。
「施療所の榊様? ああ、若先生のことだね。急ぐのなら馬もあるが、あんたどっかの代脈かい?」
「馬があるのか? 急がなければ、榊様が、冬馬様が!」
今にも泣きそうに詰め寄る白衣姿の若者に困り果てた役人と、恭之介の目が合った。
ほっとした顔で若者に告げる。
「あちらにいらっしゃるのが、その施療所の若先生だ」
「えっ?」
驚き顔の若者、千早が振り返る。
冬馬と同じ顔をした総髪の青年が、千早を見ていた。
「あなたが、恭之介様? ……冬馬様の弟御ですか?」
「はい」
訳もわからず頷く恭之介の眼前で、若者が泣き顔になった。
「助けて! 冬馬様をお助け下さい!」
恭之介と奈津は顔を見合わせた。それからの行動は恭之介の方が早かった。
「母上、その方を頼みます。屋敷に連れ帰った方がいいようです。すみません、馬をお借りします!」
関所の役人が頷く前に、冬馬はもう馬上にいた。
「いきさつはその方が全てわかってる。後はお任せします。……そうそう、父上によしなに」
「待って私も行きます! 冬馬様は私のために危険に!」
馬を駆り遠ざかる影を、千早は本気で追いかけようとした。
その手を掴んで止めたものがいた。
「あなたは」
「榊冬馬、そして恭之介の母です。奈津といいます」
「冬馬様の母上?」
深く頷いてみせた奈津は、千早に微笑みかけた。
「全て私に任せなさい」
奈津の声が緊張を孕む。
冬馬のことしか頭になかったが、本来狙われていたのは自分自身だった。そう千早が思い出した時には、既に数人の侍に二人は取り囲まれていた。
「千早様、異なる姿で惑わされる我々ではない。お命、頂戴します」
「お待ちなさい」
奈津は千早を庇うように一歩前に出た。この一幕だけで、冬馬に何が起きたかは火を見るより明らかだ。元より息子の所業を台無しにするような母ではない。
「この者に手を出すことは、この私が容赦せぬ」
奈津がきっぱりと言い放つ。
奈津がいくら侍達を睨んでも、火に油を注ぐようなもの。上役と思われる男が、厳しい声で告げる。
「その方には関わりないこと。手出しは無用に願いたい」
一応、制止の言葉を吐いた後は、関わった方が悪い。巻き添えを恐れてむざむざ引き下がるような輩はいない。
侍は一人残らず刀の柄に手を掛けている。そんな一髪触発の場面にのんびりとした声が投げかけられた。
「手出し無用って訳にはならないのだな」
侍達はこの闖入者の方を訝しげに見た。白衣姿に片手に薬籠を下げている。どう見ても往診帰りの医者だ。
「だいたい、その二人はわが身内だ。そもそも妹の奈津にこの度わが施療所に来る見習い医師を迎えにやったのは、この私だ。用があるなら、まずは私を通してもらおうか」
「……兄上!」
闖入してきたのは、施療所でおとなしくしているはずの河口真之介だった。
これ以上の茶番は無用と思ったのか、侍の一人が刀を抜き放つ。
その刃先に手にした薬籠を投げつけると、真之介は体ごと、侍達と二人の間に割り込んだ。それと同時に、千早の手から冬馬の印籠を奪い取り、それを高々と宙に掲げた。
「この印籠の紋所は榊を模したもの。この都のものならば、この意味がわからぬはずはなかろう?」
侍達の間に、動揺が走る。
「その印籠が本物だという証拠は?」
「これは確かにわが夫、榊周防が嫡男の冬馬に持たせたもの。周防の妻であるわが目を、その方ら疑うのか」
奈津は昂然と言い放った。
しかし侍達は疑った。侍のなりをしている奉行の奥方などいる訳もない。
が、声はまぎれもなく女。しかも、自信と誇りに満ちた揺るぎないものだ。
「それでも構わぬのなら、この河口真之介が存分に相手をいたそう。誰が言ったのかは知らぬが、これでもこの都では名医という噂もある。刃物の扱いにはいささかの覚えはある。さあ、遠慮なく掛かって参れ」
侍達は榊の紋所を見て、逆に後に引けなくなったのだろう。真之介の挑発に乗せられるように、一斉に抜刀し切りかかってきた。
だがその結果は。
「奈津、私は最初に止めたよな」
「私も警告いたしました」
千早が加勢する間もないほど鮮やかに、侍達は綺麗に決まった峰打ちで、全員地面に転がっていた。
そもそも河口の家には兄妹の二人きりしかいない。一緒にチャンバラ遊びに興じる男兄弟がいなかった真之介が剣術道場に通い始めた頃、兄の後ばかりついて回る可愛い妹に面白半分に習いたての剣法を教えたのが始めだ。もともとお転婆で、運動神経もよい奈津は、すぐに真之介のよい剣術の練習相手になった。今から考えれば、親の跡を継いで医者になることを定められた真之介の、それが唯一の抵抗だったのだろう。
それが奈津にとって吉と出たか凶となったかは、また別の問題なのだが。
もっとも真之介は、施療所を任されるような、自慢があながち嘘でもないくらいの名医とまでなった今も、時折、かって通っていた剣術道場で師範をしている。医者の癖にと言われる度に、奉行所の監察医も勤め、刀傷も調べるのに、やっとうの一つも出来ないのでは何もならないと嘯くが、誰一人としてその説明を鵜呑みにするものはいない。
真之介は『これは一大事』と町方同心を呼んで戻ってきた、関所の番人と呼ばれてきた顔見知りの同心に後始末を任せると、千早に向き直った。
「さて、千早殿とか申したな。私は双子の叔父で、河口真之介と申す。以後よしなに。ところで、この者はどこの御家中の者ですか」 冬馬とよく似た優しい眼差しで、真之介が問いかけた。これがこの医者の手で、特に妙齢の女性患者の警戒心を一瞬にして解きほどく笑みなどとは、千早は知る由もない。
「岩村藩の上屋敷の者でしょう。私は……」
名乗ろうとするのを視線だけで止め、真之介はようやく正気を取り戻した侍達に事情を訊こうとしている、町方同心に声を投げた。
「楽太郎! こいつら岩村藩のお侍だそうだ」
「はい、先生」
その会話を聞きながら奈津が千早に笑いかけた。
「私達は冬馬の手助けをしただけ。岩村藩のお家騒動に一切関わる気はないの。町方同心とてそれは同じよ。こんなところで話しているのも何でしょうし、この都で一番安全な場所にお連れしましょう」
妹の言葉を引き継ぐように、町方同心との話を終えた真之介が言った。
「千早殿が屋敷に帰るのは、周防がきちんと話を通してからの方がいい。万事あいつに任せておけば大丈夫だ」
「周防様?」
侍達にはある意味禁忌の名だが、千早はその意味は判らない。
首を傾げる若者に奈津が答えを与える。
「冬馬と恭之介の父親です。もっともこの町では、中町奉行としての名前の方が通りがいいわね。だから、本当はあまりしたくないんだけど、時にはこうして利用させてもらってるわ。もっともそれもこの冬までね。それはともかく、周防は冬馬の父の立場で、あなたの味方になるわ。でもことによれば、奉行職にあるものとして、あなたの役に立つように動くはず。ともかく、千早様は何も心配いらないわ。けして悪いようにしないから」
奈津は千早が安堵すると思って言ったのだが、驚愕の事実を知らされた当人は今にも崩れ落ちそうな眩暈を感じていた。
知らなかったとはいえ、とんでもない人物を巻き込んでしまった。
更に用心棒として雇った冬馬が、年明けとともに、父の跡を継いで中町奉行職を拝命することが内定していると知ったら、全身から血の気が引いただろう。
しかしながら、幸か不幸か千早がそのことを知るのは、もう少しだけ後となる。
☆
舞台は円山の関の手前の雑木林に移る。五人まではとりあえず数えてみたものの、榊冬馬は無宿者共の人数を正確に把握するのをやめた。
ざっと見渡しただけで、優に二十名を越えている。
岩村千早を無事に逃がすために、昨日の刺客を挑発したが、それにしても……。
たった独りならば、一人一人確実に殺してゆかないと、冬馬の命はないだろう。しかも、千早の無事が確認出来ない限り、一人たりとも逃す訳にはいかない。そのための囮なのだから。
それでも、こうまでの人数が集まると妙なもので、変な欲が生まれてくる。北都中の食い詰め浪人、無頼者、ヤクザ者が、一同に介した気さえする。ならば、出来ることなら生け捕りにしたいなどと思ってしまう。それが出来れば、これからのお役がずいぶん楽になるだろうに。
「これだけのことが出来る黒幕に、是非お目にかかりたいものだな」
口に出した途端、切っ先が右肩に触れる。
頭より体が先に反応した。
咄嗟に刃の向き先を変えたのが、敵にとって凶と出た。次の瞬間、刀を持ったままの右腕が叢に転がった。
「この野郎!」
殺気を帯びた男達が、冬馬を取り囲んだ。冬馬は南国で習練を重ねた示現流の構えで立ち向かう。防御ではなく、攻撃のみに神経を集中させるこの剣法は、相手を捕縛するには向いていない。門下である天野道場で冬馬は、型だけは習ったが敢えてそれだけに留めた。
が、南国は示現流の本場だ。元々素質もあったのだろうし、本格的に習ってしまえば、中途半端は嫌いな性分だ。冬馬は免許皆伝を受け、南国を後にした。
「ま、どこに剣を向けても相手を斬れるのは、この際便利だな」
本能だけで、掛かってくる敵の剣を交わしながら、冬馬はそんなことを口にする。
千早の前では、これでも多少なりとも猫を被っていたのだが、事ここに至ってはそんなこともしてられない。すっかり本性が剥き出しになっている。少しでも油断したら、確実にあの世往きだ。
この緊迫した状況下、相手の返り血を全身に浴びながら、それでも口許に涼しげな微笑を浮かべていられるだけでも、たいしたものだ。しかも、今のところ倒した敵の中に絶命したものはいない。それ故、ある意味余計残酷である。
冬馬の実力では、一撃で相手を殺せる腕を持っているとわかるだけに、止めを刺してくれと叫びたくなる。もっとも地面に転がっている負傷者にそんな気力さえないようだ。
冬馬は相手を殺す訳には行かないのだ。だからそれだけを必死に守っている。命があるだけ有難いと言いたいのだが。
こういう場面では、冬馬の剣裁きを見て我先に逃げ出す輩もいるはずなのに、所詮は多勢に無勢とわかっているせいか、冬馬の仕打ちに我慢がならないのか、それとも。
鬼神のように太刀を振う冬馬に魅せられて逃げ出さないのか。
冬馬としては逃げられては本も子もないのだ。
ともかく、短時間に決着をつけてしまわないと、冬馬自身が持たない。
長旅の疲れもある。昨夜の雨に打たれて体力も落ちている。それに、さすがに冬馬にも確かに人数が多すぎた。
小半時もたってようやく半分近くを斬り伏せた時、冬馬は目の前が霞むのを感じた。全身を濡らした血は、けして返り血だけではない。致命傷こそ負っていないが、無数の刀傷が少しずつだが確実に冬馬の力を削いでいる。
こうまで傷つきながら、それでも冬馬は奇妙な幸福感に包まれていた。
幼い頃なくした宝物を取り戻したような。誰かをこの手で守るために戦う充実感があった。
冬馬が勘だけで向けた刀が弾かれた。咄嗟に半身を交わしたが、避け切れずに受けるはずの刃はいつまでたっても襲ってこない。
その代わりに耳に飛び込んできた声があった。
「冬馬! 生きているか!」
一瞬、冬馬は耳を疑った。
ここにいるはずのない男の声がすぐそこでした。
もう一人、心配そうな声がもう少し遠くから届く。
「冬馬、そなた、目でもやられたか」
目で確かめずともわかる、間違えようのない気配。
「右京? それに、神沢様?」
惚けた冬馬を庇うように、斬り掛かってくる男を楽しげに峰打ちで倒しながら、水澤右京が言う。
「お前な、せっかくの手土産を一人で片付ける莫迦がいるか。土産っていうのは普通、貰った相手が先に食うもんだぞ」
「千早は? あいつは無事か?」
右京の質問には答えず、冬馬はそう問いただした。
聴き覚えのない名前に首を傾げた右京に、冬馬は下唇を噛む。
そうしている間に神沢は黙々と刺客共を斬り伏せていった。
右京も負けじとそれに参戦する。
敵の人数が三倍に増えた上、味方の数が瞬く間に減っていくのに、怖気づいた浪人が数名、もうこれまでと仲間を金を見捨てて逃げ出そうと下手に向かって走り出した。
その一番先頭の男がばったりと倒れる。
それと同時に、馬に乗った総髪の青年が姿を表した。
逃げ場をなくした浪人を馬上から斬り倒しながら青年は叫んだ。
「冬馬! 千早殿は無事だ!」
馬上の男を見上げて、冬馬は安堵の息を吐いた。
「恭之介!」
漆黒の総髪を靡かせた、冬馬と瓜二つの顔立ちの青年は、双子の弟・榊恭之介その人であった。