業 (2)


 湯上がりの主人の顔は、いっそう美しく見えた。
「今宵は、満月なのですね」
縁側に座り、夜風を心地良さそうに受ける横顔を見ていると、先ほどの行為は夢だったのではないかという錯覚に陥る。このような玉のかんばせの持ち主が、あのようなことをするはずがない。あれは、夢だったに違いない───
 不意に、主人がこちらを向いた。目が合っただけで、僧は顔から火を吹いていた。
「ほんとうに、お可愛らしい方」
主人はにっこり微笑むと、草履を脱ぎ、僧の前に座った。
「貴方様ほど赤くなられた方は今までおられませぬ。まるで曼珠沙華の花のよう」
「はい……、よく、からかわれます……」
まだ小さな頃に仏門に入った彼は、恋や愛などという世界とは無縁のところで生きてきた。ゆえに免疫がなく、そのような話が出ただけで赤くなって、仲間たちの笑いの種になってしまうのだ。
「御仏も、貴方様のことを大事に思っていらっしゃいますよ」
予想外の言葉を聞いて、僧は顔を上げた。月を眺める主人は、こちらを見てはいなかった。
「そのような方であるからこそ、私のもとにお導きくださるのです」
その、秋の虫にも劣らぬ美声は、なぜか少し、悲しげに聞こえた。



 裸身は、月の雫を固めたもののように光っていた。
 横たわる月の化身に一度合掌し、恐る恐る、乗る。顔が顔に近づくにつれ、赤さがみるみる増していくのが自分でもわかった。それを察したかのように、閉じていた目が開く。赤い頬に白い両手が添えられ、かすかに笑みを浮かべた唇へと誘導した。柔らかい舌先がほんのすこし、ぎこちなく触れた口の中に入った、その瞬間。僧は夢中で吸いついた。
「余程の無茶をなさらなければ、何をしても構いませぬよ」
 どこかに口づけるたびに、玉の体はぴくりと動いた。だんだん落ち着いてくると、僧はふと思いたち、赤ん坊のように乳首を吸った。
「あうっ……」
僧は相手がひときわ悶えるのを見て、その桃色の点をかるく噛み、音を立ててなめた。
「あ、ああ」
主人はその体をいいようにまさぐらせた。端麗な顔に汗を浮かべ、首に接吻しようともぐりこんでくる頭を抱きしめる。荒い息が耳をくすぐる。
 下方に熱い塊を感じ、主人は動きを止めた。僧をどかせ、油薬を渡す。
「ここに、塗ってください。少しずつ、そっと……そう…………」
四つん這いになった主人に導かれるままに、僧はゆっくり、時間をかけて、つぼみを広げていった。
「ん……う……………」
指をぐるりと回して、十分に薬を塗る。しっとりとした感触が太い指先を走る。
「あっ…………もう…いっ……………」
僧は半分開いた花に熱い茎をあてがい、じわじわと刺していった。音が出そうなほど締めつけられ、思わず眉をしかめる。だが、けして不快ではない。
 主人は敷蒲団を噛んだ。声にならないあえぎが熱い息となって布に染み込む。奥へと入ってくればくるほど、握りしめる両の拳にも力がこもる。
「そう、……こうして、そう…………」
 出し入れが始まった。摩擦熱が白い肌を紅く染めていく。押し入れられる痛みと快感で、たまらず前に逃げそうになる腰を必死で持ち上げ、つたない動きを振って補う。
「あああ、ああ」
動きは次第に大きく、激しくなった。僧がいよいよといわんばかりに目をつぶる。
「ひっ」
ひときわ強く突き上げられ、息を呑んだその直後。
──────!」
 白い裸体は激しく痙攣し、崩折れた。


 しばらくの後、二人は再び絡み合った。要領を得てきた唇が、下へ、下へと這っていく。それが下腹部の辺りに達した時、主人ははっとして叫んだ。
「おやめください!」
あまりの剣幕に、僧は弾かれたように離れた。不思議そうに見つめる視線の先で、主人はばつが悪そうに言った。
「あの……、それは、おやめください……」
「でも、貴殿は拙僧に」
「いえ、その……御身が……穢れ…ます…から…………」
消え入りそうな声を吐く姿は、とても小さく、弱々しく見え、僧の胸を締めつけた。
「そんな、貴殿は御仏の命でこのようにしておられるのでしょう? どうしてそんなに御自身を蔑まれるのですか」
 主人は柳眉を曇らせ、しばらく無言だった。
───私は、罪人なのです」
僧が驚いた顔をする。
「私がここで、御仏に仕える方にご奉仕するのは、罪を償うため。貴方様の考えているような尊い者では決してございませぬ。そのような者の穢らわしきを、貴方様のお口にお入れするわけにはゆかないのです」
「……」
僧はしばらく考え、口を開いた。
「でも拙僧は、貴殿にもう二度も、有り難いご奉仕を賜わった。どのような理由であれ、恩義を受けたまま礼もせぬとあっては、御仏の御心にも反しましょうし、拙僧の心もおさまりませぬ」
 明らかに納得がいかぬという顔を見て、
「…………どうしてもとおっしゃるのでしたら……、あの……、お指で………」
主人はためらいがちに、曼珠沙華のごとく赤くなって、言った。

 僧はあぐらをかき、子供を座らせるように主人を膝に乗せた。月光に照らされた白い膝の裏側に手を入れ、そっと開く。光を反射した内ももに、すこし緊張した影がふたつ、両脇から忍び寄る。
「……」
いちばん奥に垂れていたそれは、僧の厚い手のひらに包まれ、ぴくんと脈打った。
 やわらかい塊はゆっくりと揉みこすられ、しだいに硬さをもってきた。下半身を他人にあずけた主人は、恥ずかしそうに両手で顔を覆っている。こんなことは初めてなのかもしれない。
「あっ」
つい声が漏れた口をあわててふさぐ。僧からは見えないが、麗しの顔が湯気も出そうなほど赤く染まっているのは明らかであった。腕の中の人物がたまらなくいとおしくなった僧はふと、これが「お可愛らしい方」という気持ちなのかな、と思った。
 首から耳にかけて舌を這わせると、体が小刻みに震えた。花びらのような唇から漏れる息が荒らいでいくのが手に取るようにわかる。
「…………あ……」
僧はすっかり硬くなった棒を右の手のひらで握り、しごき始めた。左手は上へと這いのぼり、先刻さんざん吸った突起をいじる。
「!…や………めて……」
中止を求めながら、主人の顔は覆った両手からどんどんはみ出していった。反り返るうなじが僧の肩をこする。指先を噛み、あえぐ喉を月は容赦なく照らした。
「はあ、……ああ、あ、あ、……………」
呼吸が早くなり、間隔が短くなった。僧は左手をもどし、反り上がってきた細い鎖骨に吸いついたまま、両手でなおも激しく攻める。

「あん………………あ……ああっ!」

 全身を硬くした主人は、甲高い声とともに精を放った。そして、張りつめた糸が切れるようにぐったりと、たくましい胸になだれ落ちた。
 荒い息を必死で整えようとする主人の胸を、僧は優しくかき抱いた。
「……………………」
恥じらいではない紅が、玲瓏たる顔の頬を染めた。


 二人とも、しばしの間、動かずにいた。今まで耳に入らなかった虫の声だけが、静寂をいっそうひきたてるがごとくに響く。
 月が、見ている。
 月だけが。
 時は止まったかに思われた。


 しかし、主人は静止を破った。
 先ほどの自分と同じように張りつめたものを、後ろ手でそっと握る。僧はその存在に気づかされ、驚き、何かとても恥ずべきことのように感じた。
 白魚の指はなめらかにすべり、的を射た部分を余すところなく刺激していった。
「く……」
白い尻が持ち上がった。さらにふくれてきたものの先端は、からみついた指によって間違いなくある一点へと導かれていく。僧は両手で細いももを支えた。熟れた実は前回よりも楽に、熱い芯を受け入れた。
 数瞬後。
「ひっ」
光る裸身が雷に打たれたように弓なりに反った。熱い唇がうなじに吸いついたのである。僧はそれを見、弱点と思しきその白い首筋をことさらに攻めた。強く吸われるたびに、主人は息を呑み、大きくのけぞる。
「そんな…………は、あっ…………」
激しく反応する膝の上の体を、僧は逃がさぬとばかりに大きく腰を突き上げる。端正な顔はゆがんで、生きた心地もしないという態だ。
「あ……あ、あに…………」
 主人は、何か言いかけたようだった。
 だがそれを懸命に飲み込むと、自ら腰を振りはじめた。僧はこらえきれず、自分もそれに合わせて動かした。あぐらは解けていた。

「あ──────っ!」

 放たれた声は庭を横切り、木々の間の闇へと吸い込まれていった。



 いつ眠ってしまったのかは覚えていなかった。気がつくと、囲炉里に火がおこされていた。まだ夜明け前のようだ。
「お目覚めになりましたか」
主人は一寸の乱れもなく経帷子を着込み、髪を首の後ろにきちんと束ねていた。その凛とした美しさはやはり、昨夜の情交など夢であったかのように思わせた。
「お着物が乾きました。日の出ぬうちにお帰りくださいませ」
白い麗人はまったく愛想のない、毅然とした態度で僧の帰り支度を手伝った。
「来た道のとおりに歩けば、すぐに戻れます。では、お気をつけて。御仏の御加護があらんことを」
部屋から出ようとせず、座ったまま見送る主人に向かって、僧は何も言わなかった。ただ、合掌し、深々と頭を下げて、去っていった。



 呻くような、低い声。
 途切れ途切れだったそれは、やがて、膝上で握りしめた手の甲に涙が落ちると同時に、こらえきれない嗚咽となった。


 貴方。
 貴方に、あのお坊様の百分の一でいい、憐れみの心があったなら。私は逃げはしなかった。

 貴方。
 貴方は今、どこにいるのだろう。


 貴方の魂が、輪廻の長い輪をめぐり、私を訪ねてくれることがあるだろうか。
 私をその腕に抱いてくれることがあるだろうか。


−終−