効果の内情


学生風な甘さの残る顔立ち。あきらかに着慣れていないスーツ。
彼は新人の飛び込み営業という、無駄を絵に描いたような行為の実践者だった。
顧客との打ち合わせがたまたまキャンセルになっていなければ、門前払いをくらっていたはずだ。
時間つぶしに話を聞いてみれば、商品知識はまったくの付け焼刃。
ちょっと突っ込んだことを聞くと、たちまちぼろが出る。
熱意以外に見るべきところのない営業スタイルにうんざりして、適当にあしらって帰した。
経験則から言えば、私がこういう対応をしたセールスマンは二度と姿を見せないはずだった。

しかし、彼は再びやって来た。
内線で来訪を告げられた時は、半ばあきれ、半ば感心した。
新人ならではの度胸か、意地か。
敬意と皮肉を込めて、かなり待たせてから、応接室に通した。
にもかかわらず、彼はおそらく、営業用ではない笑みで私を迎えた。
「お忙しいところに時間をいただいてありがとうございます。本日は……」
驚いたことに、彼の話は想像していたよりもかなりましになっていた。
まだとても及第点とは言えないが、懸命に学んだことが伝わってくる態度だった。
帰り際に次回の約束を取りつける知恵もついていた。

実のところ、彼が売らんとしているソフトウェアに関しては、既に別会社のものを使用していた。
以前の勤め先と同じ製品で、操作も熟知している。
不満が無いわけではない。だが、それはどんな製品であれ同じだろう。
柄にもなくほだされてしまったが、彼の性格がいくら良くてもそれと商品とは別物だ。今日ははっきり断らなければ。
そんなことを考えていた昼休み。
いつものように眼鏡を拭き、掛け直した私はふと、窓の外の光景に気づいた。
事務所の隣にある公園のベンチ。彼が資料に目を落としながら、チョコレートを食べている。
「ムシャムシャ」「ガブガブ」そんな擬音がぴったりな勢いで。
遠目にもわかるその食べっぷりのよさは、今まさに知識を、経験を吸収している彼を象徴するかのようだった。

その時だ。
彼にとことんつきあってみようという気になったのは。

私は彼を質問責めにし、不備を指摘し、要求をつきつけた。
「この機能はどういった場面で有効なのかな」
「こういう処理は無理なんですか。でなきゃ買い換える必要ないですよ」
「もっと手順を簡略化できませんかね」
手のかかる客に売り込んでしまったことを後悔させてやろうという気持ちも多少あった。
だが彼は、そんな私に真摯に応じた。
「それはですね……」
時に歯噛みし、頭を下げつつも、影でチョコレートを食べながら、必死でついてきた。
「では、再度検討してまた参ります」
「よろしくお願いします」
同じやり取りを、何度も繰り返して。
ついに、私を納得させてくれた。

今日はいつもより早めに時間を設定した。
彼に購入の意思を伝えた後、まともな昼食を食べさせてやるためだ。
「では、その線でよろしくお願いします」
そう告げると、彼は、
「ありがとうございます!」
と、最高の笑顔を見せた。
その笑顔は私に、求める商品を手に入れたのとは別の満足感を覚えさせた。
だが同時に、私の中でくすぶっていた欲望をも引きずり出してしまった。
彼の、仕事以外の姿を見たい。
これから一人前の営業マンに成長していくだろう彼の、営業用でない顔を見たい。
そして、甘いチョコレートを食べるその口に、私のそれを重ねたい、と。

彼がもし、今日、チョコレートを食べていたら。
私はきっと、我慢できなかった。


−終−