Intersection - shop side


 十二月、本格的なクリスマスシーズンの到来である。都心のベッドタウンであるとある街の、駅前の喧騒からちょっと離れた場所。この秋オープンしたばかりの一軒のパティスリーで、柴山は一人、店番をしていた。
 通りに面した大きな窓に、白スプレーで描いた雪の結晶が踊る。そこから覗ける棚には、焼き菓子と一緒にサンタやトナカイの人形をディスプレイしてある。ドアの脇にはツリーも飾って、クリスマスムードを演出していた。
 さて、そろそろ店じまいという頃。リースを飾りつけたドアのベルを鳴らして入ってきた客がいた。若いサラリーマンだ。
「いらっしゃいませ」
まだ初々しさの残るその風貌に、俺もそんな頃があったっけなと懐かしく思う。彼はぺこりと会釈して、ショーケースを一瞥した後、
「あの、クリスマスケーキを予約したいんですけど」
と、はきはきした口調で話しかけてきた。
「かしこまりました。二種類ございますが、どちらになさいますか」
パウチしておいた二枚の写真を広げる。
「えーと、じゃあこっちで」
彼は苺と生クリームのデコレーションケーキを選んだ。フランス風に薪の形をしたブッシュ・ド・ノエルも用意しているが、やはりジャパニーズスタンダードの人気は高く、予約状況は苺側がやや優勢だ。
 名前、受取日時などを聞き取り、予約票に書き込んでいく。
「では、確認しますね。ミナミ様、苺デコのSサイズをおひとつ。お受け取りは二十四日の七時頃でよろしいですか?」
「はい、結構です」
「では、確かに承りました」
確認し終わり、二枚重なった紙切れを二つにはがしていると、
「よかったー」
ミナミ君とやらはえらく大きな安堵のため息をもらした。
「数量限定だから間に合わないかもって言われてたんですよ」
「ああ、申し訳ありません、小さな店で職人が少ないものですから。どなたかのご紹介ですか?」
「ええはい、甘い物が大好きな従姉がいて。ここが絶対おすすめだって言うんで、会社帰りに途中下車したんです」
「それは…、わざわざ、ありがとうございます」
店を薦めてもらえることは、客商売にとって最大の賛辞だ。柴山が喜びをかみしめていたところ、前方から電子音が響いた。
「あ、失礼」
ミナミ君は隅に移動しながら、胸ポケットから携帯を取り出した。
「もしもし、…うん、クリスマスケーキ予約してたとこ。……ポン酢? はい、わかりました」
他に客もいない狭い店内、ミナミ君の声は全部筒抜けだった。柴山は戻ってきた彼に話しかけてみた。
「今夜はお鍋ですか」
「うん、ポン酢切れてたから買って来いって」
ほのかに笑みを浮かべながら携帯をしまう様子に、ふと、思いついたことを口にした。
「クリスマスもその方とお過ごしですか?」
するとミナミ君は、
「えっ…や、まあ、そうです……、あはは」
と、頭をかいて照れた。その仕草に、柴山の顔にも笑みが浮かぶ。
「いいですねえ」
なんとなく、彼のお相手は年上じゃないかな、と思った。年上に可愛がられそうなタイプだから。
「はい、こちらお客様控えです。お受け取りの際にお持ちください」
「はい」
カーボンコピーされた予約票を財布にしまったミナミ君は、
「じゃ、よろしくお願いします」
「ありがとうございました」
来た時と同じくぺこりと会釈し、ドアベルの音に送られて、出て行った。
 店を閉め、帰宅の途についた柴山は、おもむろに携帯を取り出し、話し始めた。営業用とはまったく違うその口調には、多少、相方の影響が見られるようだった。
「…あー俺。今から帰るから。晩飯なに? …おー、ちょうど食いたかったんだ鍋。ポン酢切れてねーよな? …えマジ? しょーがねーな買ってくか……」


−終−