楽譜の改変
よくある楽譜改変の箇所を紹介したい。改変は、20世紀中盤までの指揮者がよく採用した。20世紀後半からは、こういった改変は減ってきているのではないか。
持論を展開してもつまらないのでさらっと流す。では、頻度の比較的高いところから。
なお、このような改変についてはワインガルトナー著「ある指揮者の提言 ベートーヴェン交響曲の解釈」に詳しいが、廃刊である。古本屋か図書館でどうぞ。ヤフオクにもあるかも。
(1)交響曲第3番「英雄」第1楽章コーダ
ご覧の通り、トランペットやホルンが途中で抜ける部分。当時の楽器にはピストンなどが無いので記譜通りに演奏することが難しい、という構造上の理由でこうなったと考えられる。
楽器のメカニカルな弱点が解消された現代では、楽譜を改変して旋律をそのまま続けさせることがよくある。盛り上がりを白けさせないことに役立つ。
なるべくトランペットなどに頼らないように音量の工夫で楽譜通りに演奏することもできる。しかし、ここの30小節ほど前から延々と盛り上げてきたくせにこのていたらくでは、一部の聴衆に「あれ??」と思われるのは避けられない。いかに一部であってもそう思われるくらいなら、改変したまま終和音までブッチ切ればコーダの役割としてOKじゃないかと思う。
(2)交響曲第9番「合唱付」第2楽章主部第1主題(再現部)
バイオリンの高音域が比較的難しいために、最高域をラまでとするのがベートーヴェンの自身に課した決まりだったようだ。その結果、ここでは旋律の都合で4音が1オクターブ下がった音型になっている。
オクターブ上げることで元の音型にする改変は頻繁に行われるが、響きがなんだか古典派ではなくなる気もする。しかし、改変しないままでは勢いを殺がれる可能性もあり、それではダメだ。改変しなくても管楽器の音量の都合でうまく演奏できれば問題ないが、これも比較的難しいことには違いないだろう。
類似の箇所として、下記をあげておこう。第1楽章再現部後半の第1バイオリンだ。こちらは弦楽器だけの音程をオクターブ上げたくなる箇所である。しかし、ここではオクターブ上げる強い理由は無い。
(3)交響曲第5番第1楽章第2主題(再現部)
提示部がホルンの演奏であったところ、再現部では当時のホルンの都合でファゴットになっている。これでは音が弱いのではないか、という懸念があり、ホルンで置き換える場合がある。
ファゴットでも頑張れば鋭く力強い音は出せるので、元の譜面のままでよいように思う。
以上3例は、当時の楽器の都合によるものだ。
他では第9の第4楽章冒頭のトランペットの例が有名だ。
以下は楽器間のバランスの話。
(4)交響曲第9番「合唱付」第2楽章主部第2主題
本来、主題を演奏するのは木管楽器のみ。弦楽器も頑張っているところで、木管楽器のみでの主題では音量が足りないのではないかという問題があり、それではホルン(赤矢印)を旋律担当に加えてあげようという対応だ。
単純にホルンを加えるとたしかに旋律ははっきり聞こえるが、木管楽器よりホルンが前面に出てしまい本来の音色が一変してしまうので、一長一短である。だからといって、ホルンを加えるかわりに弦楽器の音量を抑えるというのでは全体のエネルギーが損なわれる。
ホルンを旋律に参加させるが音量を控えめにするとか、木管楽器の人数を2倍にするなど、いくつかの工夫がある。
続いて、旋律の動きの問題。
(5)交響曲第9番「合唱付」第1楽章コーダ終盤
管楽器は一旦区切るようになっているが、弦楽器群は区切らない(赤矢印)という記譜で、これをどのようにすればうまくまとまるのかという問題。昔は管弦楽全体で見得を切るために、弦楽器のほうが改変して管楽器に合わせることがよくあった。
(6)交響曲第4番第1楽章展開部
これについては、以前に別ページを作成したので、そちらをご覧ください。
(7)交響曲第9番第1楽章 リタルダンド
古典派の音楽では、一旦速度が決まったら、それで固定というのが基本である。速度の変化の記載が無い場面では、もちろん演奏者の裁量により多少の速度の揺れは許される。それがどこまで許されるかは演奏する側、聴く側の趣味の問題である。
しかし、ここは違う。なぜなら明確に ritardando があり、続いて a tempo がある。どれほどの ritardando
をするかはともかく、直後は確実に a tempo
としなければいけない。しかし、これを実施しない指揮者は確実に存在するのだ。いかに感動的に演奏できても、これはマズい。
ここで a tempo
にしている理由であるが、展開部ではこう続いている。
続く小節で管楽器と弦楽器が確かなテンポで進めるために、前の小節で a tempo しているのだ。
しかしコーダに入る部分では、この速度変化のパターンが2回存在する。1回目はガマンできても、2回目はどうしても遅くしたくなる。
劇的な音楽であると思えば思うほどそうなるだろう。もしそうなってしまったらどうなるかというと、続く低音弦のうごめきを遅く始めるしかないのだ。
(2015.11.01)