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ヴァンゲリス 1975→2011


 私が中学生だった頃のこと。クラシック音楽を聴きだした初心者の私は、LPレコードを買うのは毎月の小遣いを節約して半年に1枚くらいを買うのがせいいっぱいで、その飢えと乾きを、レコード店で無料配布してくれていたレコードマンスリーでしのいだ。
 レコードマンスリー(略して「レコマン」)は、いわゆる月刊の新譜情報誌だ。国内販売各社の全ジャンルの新譜が、クラシックから浪曲に至るまで全てが掲載されていたのである。サイズはたしかA5の横の版で今の漫画雑誌程度の粗悪な紙で、カラーのページなんてたしか表紙だけだったけど、それを毎月楽しみにしていて店からもらってきては何度も眺めたものだった。無料なんですよ。凄いでしょう。

 レコマンは表紙に話題のレコードのジャケットをカラーで1枚だけ載せるのが定例だった。全ジャンルからたった1枚を選ぶのであるから、掲載は大変な名誉でもあっただろう。たしか1975年の年末のことと思うが、1枚の色鮮やかなLPレコードが表紙を飾った(*1)。それが、ヴァンゲリス「天国と地獄」(1975)である(下図)。

 空中から現れて鍵盤に触れようとしているのは天使の手か。大変印象に残っていたのだが、これがどんな音楽なのかを知るのは数年後のことだった。
 天文学者のカール・セーガンが科学への啓蒙を目指した番組「COSMOS」を製作し、NHKではなく朝日放送が1980年に放映した。世界中で大変話題となった番組だったが、そこで使用された音楽のいくつかが、ヴァンゲリスの作品だったというわけである。特に冒頭のタイトルで流れる果てしない宇宙をイメージした曲は大変印象的だった。それが「天国と地獄」の一部だったのだ(*2)。

 というわけでテレビ番組の影響で1枚買った私であるが、正直ハマった。私はそもそも、ある分野で突出して才能がある人が作った、普遍的な内容を持ち時代に流されない傑作が好きなのである。最近わかったことであるが。
 ヴァンゲリスはアナログ時代のシンセサイザーの第一人者だった。1980年代のテレビのドキュメンタリー番組では彼の音楽がBGMとしてよく使われた。特にNHKが多かったように思うのは、そもそもドキュメンタリーが多かったからなわけだが。あと、怪奇現象なんかを扱う民放のドキュメンタリー番組でもよく使われた。幽霊とかUFOとか謎の生物とかね。
 「天国と地獄」が発表された頃からヴァンゲリスは誰からも注目された作曲家であり、日本でも映画「南極物語」(1983)(*3)の音楽を作曲してもらい関係者には名誉なことであった。映画音楽では「炎のランナー(Chariots of Fire)」(1981)、「ブレードランナー」(1982)、「1492コロンブス」(1992) が有名だ。最近では、「2002 FIFAワールドカップ」の公式アンセムがある。

*1 絶対に載っていた! そのはずだ。載ったはずなんだが…。なにぶん30年以上も前のことだし…載っていたかな…
*2 ついでに書くと、ベートーヴェンの交響曲第7番も使用された。
*3 キムタクとは関係ないよ。


 たしか1970〜1990年はアナログのシンセサイザーが全盛の時代で、クラシック音楽をシンセサイザーで演奏したりするのが流行った(*4)。しかし私はそんな流行には目もくれず、シンセサイザー音楽はひたすらヴァンゲリスのみを追っていた。

 並み居る強豪(?)と一線を画すヴァンゲリスの本人の特徴は、
  1.正規の作曲の教育を受けていない。
   (個人教授はあったらしいが、楽譜が読めないんですと)
  2.シンセサイザーもピアノも打楽器も、自分で演奏。
   (他者に依頼したのは、せいぜいハープくらいのものだったはず)
  3.人間の声を積極的に活用する。
   (独唱も合唱もあり)
  4.固定したスタイルを持たない。
   (実験的作品も手がける)
 そして出来上がる作品は、
  1.オリジナル曲中心。
  2.誰でも親しめる旋律。
  3.楽器の特徴を生かした幅広い表現力。

 最初に全曲を聴いてからもう30年近くも経つというのに、「天国と地獄」は大好きな作品で飽きない。一応ロックに分類されているが、単に作曲者本人の初期の活動がそれに近かったからという理由で、実際にはクラシック音楽であると言われてもおかしくない(*5)。クラシック音楽でも、部分的に凌駕する曲はあれど、全体としてこれに匹敵する音楽を見つけたことが無い(*6)。
 表題が表題だけに誰かどこかで作っていそうな気もするが、検索してすぐに見つかる「天国と地獄」はオッフェンバック作曲の喜歌劇(つまりコメディ)でもともと原題は「地獄のオルフェ」であるから天国と地獄のそのものを扱ったわけでもない。
 「天国と地獄」という内容を考えると作曲するなら高度の表現力を必要とするのは容易に想像できるが、通常の生楽器では限界があるような気もする。あぁ。R.シュトラウスなら出来るかもしれない(*7)。とにかく、シンセサイザーと多種多様な打楽器群を駆使して、はじめて楽器素材が表現の要求を満たせたのかもしれない。20世紀になって出るべくして出た音楽か。

 一聴の価値は大いにある曲であるが、最近のCDは収録が異常(
参考情報)なので、購入の際には是非注意してほしい。買うなら輸入盤に頼ったほうがいいかもしれない。

 こういう作品に並ぶ名曲を、誰か作ってくれないもんかのぅ。

*4 バッハをシンセサイザーで演奏する人もいれば、ストラヴィンスキーやラヴェルを演奏した日本人もいた。しかし、しょせんは編曲モノ、傍流であった。
*5 それより、現代音楽がクラシック音楽と激しく乖離してしまっている。あれらをクラシック音楽の歴史の末端に置いてほしくない。全く別の何かではないか、と思う。
*6 これに匹敵するほどの曲ならもともと有名と思うが、出会ったことが無いから、結局無いのだろう。
*7 R.シュトラウスは「私なら、金と銀のスプーンの違いを表現できる」と豪語した。彼の作品を聴けばそれが可能と誰もが納得してしまう。


(2011/9/9)



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