夜の喜び


あたしは猫。
とあるバーの看板娘なの。
マスターとバーテンダーの二人でやってる、隠れ家みたいな小さな店よ。
マスターは蝶ネクタイと髭の似合う、粋なおじさま。
バーテン君は黒髪の、礼儀正しい寡黙な青年。
二人とも、あたしのことをとても大事にしてくれてるわ。
あたしの指定席は、カウンターのいちばん端、壁際にある椅子。上にチェック模様の赤い布がかかってるの。
席が足りない時は譲らなくちゃいけないけど、たいていそこに居るわね。
お客が入って来たら、しっぽを上げてご挨拶。
後の対応はその人しだい。
普通はそのまま寝てるけど、気に入った人だったら、そばまで行ってお愛想をすることもあるわ。
もちろん、カウンターの上なんて歩いたりしません。ちゃんと床を通ってね。

その、気に入ってるお客の中に一人、時々来る、若い男の子がいるの。
一人で来て、静かに飲んで、帰っていくんだけど。
やせっぽちで、色白。いつも少し寂しそうな感じで。
なんだかほっとけなくって、彼が顔をみせた時はつい、足元にすり寄っちゃうのよね。
「お出迎えありがとう」
あたしに気づいて微笑んでくれると、一安心。
彼はいつも、お酒と一緒にチーズのトーストを頼むんだけど。これ、メニューには載ってないの。
チーズが好きだっていう彼の話を聞いて、マスターがバーテン君に作らせたのよ。
きっと二人も、やせっぽちの彼をほっとけなかったんだと思うわ。
実は、あたしもチーズが大好き。
でもあたしはそんなお行儀の悪い猫じゃないから、彼が食べている時に手を出したりなんてしないわ。
鼻は動いちゃうけど。
そうして床でおりこうにしてると、彼は最後に少し残して、
「これ、あげてもいいですか?」
って、マスターに聞くの。いつものことなのに必ずね。そんな律儀なところも気に入ってるわ。
マスターの許可が出ると、あたしの口に合うサイズにちぎって、紙皿に載せてくれるの。
「はい」
最後にくれるから、ほどよく冷めてるのもありがたいわ。猫舌だもの。
あたしが食べ終わって、お化粧直しもすませると、彼は、
「おいしかったね」
そう言って膝に抱き上げて、頭を撫でてくれるの。
彼の撫で方は慣れていて、すごく上手。喉が自然にごろごろ言っちゃうのよ。

ひとつ、不思議なことがあるの。
彼が帰った後、なぜかバーテン君があたしを撫でに来るのよ。
いつもはエイセイジョウの理由とかで、ほとんど触らないくせに。
マスターはそんなバーテン君のことを「不器用だな」って言うの。
たしかに、バーテン君はあんまり撫でるのうまくないんだけど。
でも、なんだか幸せそうな顔してるから、まあいいかって我慢してあげてるわ。


−終−