聖夜のぬくもり


馴染みのバーで、クッキーをもらった。
ひとつひとつ、セロファンで丁寧に包まれたクッキー。
ツリーの形をしたそれを見て、今日がクリスマス・イブだったことを思い出した。
全然、気がつかなかった。
自分には関係のないことだったから。

回り道をして、公園に足を踏み入れた。
狭い部屋に急いで帰ったところで、どうせ誰もいない。
つきあっていた相手とは、一週間前に別れたばかりだ。

放っておけないと言いながら、皆、最後には僕を放っていく。

僕は、父親ほども年の離れた男に好まれる。
僕も、そういった男を好む。
二人の欲求は完全に噛み合っている。
ただ、それは往々にして、不倫という形をとる。
僕は今まで、誰かと一緒にクリスマスを過ごしたことがない。
どうやら、愛人体質というものらしい。

冷えきったベンチに腰を下ろす。
肉のついていない尻は、固い場所に座ると骨があたって痛む。
ポケットで、セロファンがかさりと音を立てた。
マスターの奥さんの手作りだそうだ。
あたたかい家庭。
あまり縁のない言葉で、うまく想像できない。

意味もなく、吐く息の白さを眺める。
ふと、隣に気配を感じた。
猫だ。
子供だが、もう乳離れは終わっているくらいの、白黒の猫。
それが、細長い尻尾を行儀よく足に巻きつけ、ちんまりと座っていた。
僕が顔を向けると、猫もこちらを見た。
瞳は金色。
鼻先のちょっと上から綺麗に八の字に割れた模様は、黒いマスクを被っているようだ。
白い部分はその口元から胸にかけて、Vネック状に繋がっている。足には長い足袋。
後ろ姿だけなら黒猫に見えるだろう。

ふいに、今日初めて会った男を思い出した。
新しく入ったというバーテンダーの青年。
黒髪の彼には、黒いベストと、赤い蝶ネクタイがよく似合っていた。

猫は、それ以上近寄るでも、離れるでもなかった。
ただじっと横に座っている。
なんとなく、この猫は人の言葉がわかるのではないかと思った。
「うちに来る?」
果たして猫は、にゃあ、と鳴いた。

抱き上げて、小さな体をコートの合わせの中に収める。
彼(彼、だった)はおとなしく従った。異論はないようだ。
胸にぬくもりがともった。
「お前の名前は『トム』にしよう」
黒髪のバーテンが作ってくれた、卵入りのあたたかいカクテル。
ネコとネズミのドタバタを描いたカートゥーンと同名のそれは、クリスマスの定番だと言っていた。

初めての、一人きりじゃない聖夜。
一日遅れのプレゼントには、赤い首輪を贈ろう。


−終−