時間外指導 (6)


 立ったままキスした。
 相手の目線が同じ高さにあるキスは初めてだ。両肩にそっと手を置かれ、さぐるようについばまれて、どきどきしながら背中に腕をまわした。とたん、深い口づけに変わった。
 吸われたり、舐められたり。絡められたり、解かれたり。熱い舌にもてあそばれ、すっかり高ぶってしまった俺は、気がつくと夢中で羽鳥さんの唇をむさぼっていた。
 唇を離すと、羽鳥さんは熱く息をついた。うかされたような瞳が俺を捕える。目が離せずにいたら、いつのまにか固くなっていた場所をそろりと撫でられ、身震いした。
「元気がいいな」
羽鳥さんはひどく優しく笑って、俺のネクタイを手際よくほどいた。そして、シャツのボタンをひとつひとつ外し、あらわれる素肌にキスしながらどんどん下へ下がっていった。やわらかな刺激がくすぐったい。
「は…とりさん?」
戸惑っているうちにベルトも外された。窮屈だった部分が解放され、取り出される。
「あっ」
さっき、口で感じた熱と感触が、俺の芯をくるりと包みこんだ。
 うそ。
 羽鳥さんが、こんなこと。
 うわ───、すごい、巧い……!
 体で感じる刺激と、心が受ける刺激。二つの刺激に強烈に高められて、俺は、あっけないほど簡単に達してしまった。
 羽鳥さんは俺の放ったものを音を立てて飲み込むと、ご丁寧に残りまで吸い取って、離れた。
「夢の中の俺はしてくれなかったのか?」
口をぬぐいながらからかうような笑みを浮かべた羽鳥さんの台詞に、我に返って赤面した。

 服を脱いで、抱き合った。そのままベッドに倒れ込む。しなやかな筋につつまれた体の感触、すべすべした手触りの肌、そして熱さ。何もかも、欲求不満の夢なんかとはレベルが違った。
「、ぁん」
尖っていた乳首をいじったら、背筋がぴくんと跳ねて、意外なほど可愛らしい声が聞こえた。密着したあの部分も反応している。
「気持ちいい…ですか?」
「そんなこと、聞くな……」
上がった息の合間に吐き出された声は熱く濡れていて、俺を煽った。爪で軽くはじいてみる。羽鳥さんはまた声をもらし、きゅっと目をつぶった。
「羽鳥さん、いい?」
「聞くな、って…」
ふい、と横を向いてしまった。俺をさんざん翻弄しているくせに、こういうことを聞かれるのは恥ずかしいらしい。そんな姿を見たら、悪戯心がわいてきた。
「や、南……あっ」
舌でころがして、吸って。時々甘噛みして。こぼれる声からためらいが感じられなくなってきた頃には、下腹に当たる塊がすっかり熱く固くなっていて、伝染するように俺もまた滾り始めた。
 だが、しかし。
 困った。すごく困った。俺は男となんかしたことないんだ。どこを使うかぐらいは知っているけど、普通に入れたって入りそうにないことは予想がつく。でも、どうやったらあんな狭い場所に入れられるのかわからない。
 動きが止まってしまった俺に気づいて、羽鳥さんはくすりと笑みを浮かべた。
「わからない時は、一人で考え込まずに人に聞け。何度も言ったろ?」
大先輩はなんでもお見通しである。
「…どうすればいいんですか」
ふてくされながらも素直に聞くと、
「いい子だ」
と、腕をまわされ、抱き寄せられた。押しつけられる肌の感触にどきどきしていたら突然、くるり、と上下が逆転した。
 羽鳥さんは俺の太腿にまたがると、チューブ状の容器を取り出した。そして中身を絞り出して、なんと、俺のものに塗りつけはじめたのだ。ジェルみたいなぬるぬるした感触に、俺は何事かと上体を起こしてしまった。
「気持ち悪い?」
「いえ……、なんですか、それ」
「潤滑剤」
これを使わないと痛くてできないという話を聞きながらなるほどとうなずいている間に、羽鳥さんは膝立ちの姿勢になって、自分の後ろの方にもジェルを塗りつけた。そして、俺の肩に両手をかけると、ゆっくり腰を落としてきた。
 潤滑剤のおかげか、思ったよりすんなりと入った。でも、すごいきつさだ。女の子とは比べものにならない。
「しばらく、じっとして…」
眉間に皺を寄せた顔がささやく。
「い、痛くないですか」
「大丈夫、すぐ、慣れる……」
それでも苦しそうな息に、なだめるように背中をさすると、羽鳥さんは微笑んで、俺の肩に頭を預けた。
 やがて、羽鳥さんがゆっくり動き始めた。
「ぅ、わ」
熱いひだが、ぞろりと撫で上げるような感触。絞るように、吸い上げるようにしごいてくるその部分と、巧みな腰使い。
「すげ…」
未知の愛撫に夢中になり、強烈な快感に我を忘れていた、その時。耳元でかすかに唇が動いた。
「みなみ……」
ぞくっときた。なんて声出すんだろう、この人。体の奥から絞り出すような、甘く切ない声。
「…ん…、」
艶っぽいその音色は、耳と心をひどくくすぐる。煽られて、俺も腰を使った。
「ん、や……んっ…」
眉根をよせて身をよじる姿がまた、俺の血を滾らせる。
「あッ!」
腰を、ある角度で動かした時、大きな声が弾けた。
 気持ち良かったのかな?
見つめると、羽鳥さんは目尻を赤くした。それを見たら胸がきゅんとなって、もう一回、同じように動いてみた。
「…ぁあっ」
我慢しきれなかった、という風情でこぼれてきた声が可愛くて、たまらなくなった俺は、体勢を変え、羽鳥さんを組み敷いた。
「みな…あっ……、あ……」
首筋に噛みつくようなキスをしながら、突き上げる。
「…だめ、も…う、ん……ん…っ…、あぁ」
あの羽鳥さんが。あの冷静沈着を絵に描いたような羽鳥さんが、我を忘れて、俺が与える快感にあえぎ、震えている。そんな姿を目の当たりにさせられて、俺もそろそろ限界だった。
 不意に、かすかな音がした。
 それは羽鳥さんの声で、俺は耳を疑った。
「もう、一回…、言って」
動きを止めて、聞いた。羽鳥さんは、かすんだような瞳で、今度ははっきりと聞こえる声をつむいだ。
「雅……」
一瞬、心臓を掴まれたみたいになり、次の瞬間、熱い血がどっと流れ出した。勢い込んだ俺は、羽鳥さんを強く抱きしめ、激しく突いた。
「羽鳥さんっ…!」
「……雅…まさ………あ…あ、あ……あぁあっ!」
羽鳥さんの体が跳ね上がった。絶頂の証が密着した腰の間に放たれ、背に回された腕と、繋がった部分とに締めつけられる心地よさの中で、俺も果てた。



 やわらかい光の中で目が覚めた。
 見慣れない天井。窓。ブラインド。…そうだった。羽鳥さんちだ。
 家の主が、横で寝息をたてている。
 送っていくと言った時、こういう展開を考えなかったわけじゃない。でもそれは俺の妄想で、現実にはそんなこと起こるわけないと思ってた。羽鳥さんが俺のことを好きだなんて、考えてもみなかったから。
 まだ夢の世界にいるような気がして、俺はそうっと、羽鳥さんの手の甲に触れてみた。あたたかい。薄い皮膚のなめらかな手ざわり。やっぱり、夢じゃない。この手が、昨日…なんてヨコシマなことを考えてたら、長いまつげが震えてどきっとした。いけない、起こしてしまった。
 うっすらと開いた目が、俺をみとめて、激しくまばたきした。
「……みなみ?」
言うやいなや、目が全開した。
「え………っ、…ええっ」
こっちが心配になるほどうろたえている。こんな狼狽した羽鳥さんは初めて見た。
「覚えてないですか?」
「…いや……」
口元を手で覆い、必死で記憶をたぐっていたらしい顔が、ある時点で、みるみる、ほんとにみるみる赤くなった。
 自然に笑みがもれた。

 やがて、赤みがひいた頃。小さな声が聞こえた。
「後悔、してないか」

 羽鳥さん。
 クールで仕事のできる、尊敬する先輩。
 でも、不器用。時々、ものすごく照れ屋。
 あなたのことを考えると胸がいっぱいになる。
 戸惑いはある。不安もある。でも。
 一緒にいたい。
 そんな泣きそうな顔はさせたくない。

「羽鳥さん」

顔を上げた羽鳥さんに、キスを贈った。あんまり上手くないけど、心をこめて。



「……コーヒー飲むか?」
「はい。あ、俺、いれますよ」


−終−