「じゃ、これならいいかな」
鳴神は優雅な動きで由井の右手を取り、ばら色に艶めく口元へと持ってきた。
「……あ」
目を伏せ、まずは人差し指の先をぺろり、と舐める。
ぴりっ、と電気が走る感覚。
次は、親指の先。
ぴりぴりする。
反応をちらりとうかがった鳴神は、淡く開いた唇で、人差し指の先を挟んだ。
赤い花の色が、すこしずつ、指を飲んでいく。歯を当て、舌を這わせ。味わうように、ゆっくり。
第二関節まで飲み込まれたあたりで、由井はごくりと喉を鳴らした。
昨夜よりも濃厚で、意図的な行為。
記憶を絡めた愛撫は、先ほどまでの展開で混乱していた彼の心を急速に整え、ある一点に向かって急激に育て上げた。まるで、指先から何がしかの電気信号でも流し込まれたかのように。
口の中に含まれた指をすこし、動かしてみる。
「、」
目が細まり、舌がひくり、とすくんだ。しばらくの後、また、ねっとりと指に押しつけられる粘膜。
――やっべえ、これ。
舌の真ん中を強めに押してみる。
眉間に、色っぽいしわが寄る。
そのまま、舌の上を撫でてみる。
「……っ、」
唾液が口の端からこぼれ、一筋、顎を伝う。
切なげに潤む瞳と目が合った瞬間、結合部から流れ込んでいた電気がスパークした。
指が抜き取られると同時に、二人とも動いた。
口づけを交わす。鳴神の方が有勢をとった。由井も逆らわず、押し倒される形でベッドに沈む。
身体の重みを、差し込まれた舌を、降り注ぐ愛情を味わい、堪能する。
しかし、「されるばっかり」が落ち着かないのは彼とて同様だった。
「ん、」
のしかかる身体のあばらの脇に手を添え、親指で両方の乳首をいじると、鼻の奥で甘い音が鳴る。
「ん……、う、あ」
そのまま続けていたら、たまらず動いてずれてしまった唇から声が漏れた。
「俺も、ここ、舐めたい」
耳元にささやかれ、鳴神は肘で上半身を支える体勢を取り、ご要望の箇所が由井の口元に当たるように調整した。
「図々しくてごめん」
扉をこじ開けた者として一応の謝罪をしてから、口に含む。
「あ、」
先ほど自分がされたように、優しく丁寧な刺激を与えると、身体から震えが伝わってきた。腹に押しつけられている塊が、布地越しに熱い。ちょっと強めに吸いついたら、背筋がぴんと固くなった。
好きな相手が自分の愛撫に反応し、高ぶっていく姿を可愛く、愛おしく感じるのは当然だ、と思う。
……ルカさんは、俺のこういう姿を見たいんだろうか。そんでもって、えっと。
「ルカさん、あの」
布地と肌の隙間に手を突っ込み、締まった尻を撫でながら、思いきって聞いてみる。
「俺に、入れたかったりとか、する?」
「……まあ、機会があれば」
頭の上から聞こえてきた声に、多少覚悟していたとはいえやはり固まってしまう。
いや確かにお互い男同士で俺だけ入れるばっかりってのも不公平だしでも俺が突っ込まれてあんあん言うとか想像したらかなり寒いしでもルカさんが望んでいるというのなら叶えたいしでもでも。
真面目にぐるぐる考えすぎ、すっかり動きが止まってしまった由井の上で、鳴神は堪えきれず、くつくつと笑い出してしまった。由井の頭を抱き込むように姿勢をずらし、髪に口づける。
「今日は、いいよ。――お前が、してくれ」
現金なもので、ちょっと萎れかけていた由井の中心がこの一言で元気を取り戻した。
「いいの?」
「ん。……今は、早く繋がりたい」
腰を上げる鳴神からズボンを下着ごと取り去ると、すっかり兆したものが顔を出した。由井も下を脱ぎ捨て、小さな尻に今度は両手を添える。
「指、いい?」
由井の言葉に、鳴神は昨日も使ったローションとオイルの容器を取って渡した。手早く準備をし、手探りで少しずつ、進める。
「く、」
「息、止めないで。ゆっくり吐いて」
飛び道具を使っていないため、受け入れる身体は昨日ほどにはゆるんでいない。抱きしめられる力、息遣いの強弱に気を配りながら、十分に時間をかけて指を増やしていく。
「三本、入った。動かすよ」
「う、ん……、あっ、」
いやらしい音が響いてきて、羞恥のためかきゅうと指が締め上げられた。
「ルカさん可愛い。でも、もうちょっと、楽にして」
さらに時間をかけ、中までぐるりとほぐされたあたりで、鳴神は上半身を起こした。
「……乗って、いいか?」
恥じらいを見せながらも積極的な内容の申し出に、思わず顔がにやける。
「ぜひお願いします」
これもやはり昨日のようにすんなり挿入とはいかず、多少手間取った。しかしその間由井は、悩ましい息を吐きながら自分を受け入れる恋人の官能的な姿を十二分に堪能した。
「入った……」
荒い息が収まり、眉間のしわが取れるまで待つ。残ったのは、赤く染まった頬と、うるんだ瞳。
……エロい顔。
そうだ、これだ。初めて見た時のあの顔。
俺はこれを、ベッドで恋人に見せる顔だと思った。
「あ、」
もっと近くでそれを見たくなった由井は、身体を起こし、挿入したまま膝の上に座らせる体勢を取った。結合が深まり、赤い頬がさらに赤く染まる。
「ルカさん、俺以外の人の前で酔っぱらったことある?」
「え……?」
突然の問いに、理性がぼやけつつある脳内から回答をさぐる鳴神。
「酒、には、酔ったこと、ない。…ん、」
「チョコレートは?」
背筋に指を、首筋に舌を滑らせられ、息を詰まらせながらも答える。
「ない、よ」
そうだ。鳴神は酒には酔わない。普通のチョコレートでは具合が悪くなってしまう。ビジューのチョコレートが絡んだ事態も、自分の関係したもの以外にはないらしい。つまり、酔った彼の姿を見たことがあるのはただ一人、自分しかいないということだ。
非常に満足した由井が思わずにんまりしてしまったところに、鳴神がさらに言葉を継いだ。
「……いやだと、思った」
「――何が?」
「新以外の前で、酔うのは、いやだと……あっ」
期待を超える結果に一気に沸騰させられてしまった由井は、抱きつく身体を力任せに押し倒し、座位から正常位へと持ち込んだ。がっちり覆い被さった姿から、結合部はそのまま、胸を離し上体を起こしていく。
「ん、」
鳴神が淡い反応を見せた位置を逃さず、そこで固定する。
「……あ、」
汗ばんだしなやかな肢体を見下ろしながら、こねるようにゆっくりと腰を動かしたら、感じているさまを隠すように顔の半分が右手で覆われた。
「っ……そこ、だめ、ッ、……あらた、」
引こうとする身体にぐっと圧をかけ、「だめ」なところを重点的に押す。張り詰めて涙を流している中心を握り込み、親指で強めに刺激しながらしごき上げると、
「!」
「っく、」
由井の中心もぎゅうと締め上げられ、思わず声が漏れた。
「……やっ、も、そんな、見るな……だ、めだっ…て、ん、……あ、あぁ」
甘い声を上げて素直に悦びを表していた昨日とは一転、耐えて、抗って、押し殺した喘ぎ。半ば隠されている上気した顔、切なげな表情。身体にも力が入っていて、食われている部分が痛い。
酔っていない彼にとっては、きっとひどく恥ずかしいことだ。その身を開かれ、快楽の源を責められ、どうしようもなく感じている姿を見られることは。
……ああ、でも。感じるままによがるルカさんもすっげえ可愛かったけど、恥ずかしそうに喘ぐルカさんも超可愛い。
「ルカさん、好きだよ」
動きを止め、言った。
「酔ってる時も、酔ってない時も、どっちも好きだ。――愛してる」
「……!」
鳴神は顔を覆っていた右手を外し、両の腕を上に差し出した。要求に応え、上体をかがめた由井の背が愛おしげにかき抱かれる。ふたたび胸を合わせた二人は、互いの顔に口づけを落とし、舌先を合わせ、頬ずりをしてじゃれあった。
「痛く、ないか?」
「うん、めちゃくちゃ気持ちいいよ。ルカさんこそ、大丈夫?」
「ん。苦しいけど、いっぱいで……、なにか」
「ん?」
「なにか、あふれ出しそうな感じが、する」
涙のにじむ大きな瞳。その目尻に、優しいキスが降る。
ずっと、この時間が続けばいいのに。
そう思いながら、睦言をささやきあい、感じるところを刺激しあい、甘やかしあいながら戯れあうも、やがて、時は来て。
「――――っ、」
二人は、昨夜と同じ体勢ながら、昨夜の激しい嵐とはまた違う、ひどく長くて甘ったるい絶頂を迎えた。
冷めてしまったキッシュを温めなおして食べた後、由井は、ソファでくつろいでいる鳴神のためにコーヒーを淹れた。
いや、くつろぐっていうか。……痛いから横になってるんだと思いますごめんなさいほんとに。
「コーヒー入りました」
「ありがとう」
身体を起こす動作も鈍い。けだるげに髪をかき上げる仕草はたまらない色気をかもし出していて、他人には絶対に見せたくない姿だと由井は思った。
「大丈夫?」
「まあ、なんとか」
コーヒーを半分ほど飲んだ鳴神は、また横になった。由井の膝の上に頭をのせて。
「……」
「サムライのごとく凛々しいイケメン」との誉れ高き顔がだらしなく崩れる。
外は冷え込んでいるけれど晴天で、窓からの日差しは明るい。優しい色の髪を梳いてみると、光を弾いてつややかに指の間をこぼれた。手ざわりもさらさらと心地良い。さすが研美のシャンプー、いい仕事してらっしゃる。
「ルカさん、なんか、猫みたい」
「猫?」
「うん。膝の上で頭撫でられてごろごろ言ってる」
光にけぶる睫毛の下、より淡い色に映る瞳が由井を見上げる。
「ずいぶん大きな猫だな。ああ、でも、あれもあるし」
「あれ?」
「えっと、あれ。マタタビ」
「マタタビ!」
猫が酔っぱらうという植物の名に、二人笑う。
「でも、当店のマタタビは約一名にしか効果がありませんけどね。――食べる?」
「……食べたいけど。今日はもう、無理」
「……そうだね」
いまチョコレートを食べて再度盛り上がってしまったら、明日に差し支えるのは目に見えている。しかし、かたや休日出勤標準装備の大企業社長秘書。かたや大人気ショコラトリーを担うシェフショコラティエ。次に二人の休みが合い、熱い逢瀬を堪能できるのは一体いつのことやら。
――――あー、もう。
「明日仕事行きたくねー」
由井がため息とともにつぶやいた。それを受け、鳴神がゆっくりと右手を上げる。
「俺も」
二人のひととなりを知る人物が聞けば、翌日の雨どころか嵐を心配しかねないやりとり。由井は黒い前髪をもてあそび始めた白い手に指を絡めて引き寄せ、限られた甘い時間を惜しむように、そっと口づけた。