Reversi Blanc (3)


 由井を促してリビングに移動してきた鳴神は、ソファに深く腰を下ろし、ごく自然な動作でテレビをつけた。特に色気もない普通のニュース番組にチャンネルを合わせ、テーブルにリモコンを戻す。
「座らないのか」
 上目遣いに尋ねる。ベッドに行くのかと思っていた由井は、少々拍子抜けした顔で空けられた左隣に座った。このソファは一応三人掛けなのだが、大柄な二人にとってはゆったり座れるラブソファとも言える。
 隣をうかがう。肘掛部分に頬杖をついて手の甲で顔を支え、長い脚を優雅に組んで、視線はテレビ。非常にリラックスした視聴体勢である。
 何この余裕。計算? 天然?
 鳴神の行動を図りきれず悶々としていた由井だったが、番組でホワイトデーの菓子商戦特集が始まり、そちらに意識を取られた。デパートや菓子メーカー、有名パティスリーの戦略紹介やインタビューが続き、ついつい見入ってしまう。
 フランスと日本の文化の違いもあって、開店一年目の今年はホワイトデーについては考慮に入れなかったけど、ちょうどいい商品もできたことだし、来年は計画的に検討するかな。ああでも、ショコラ・ブランなんぞショコラじゃないというスタンスの頑固じじい(先代)をどうやって説得して増産させるか……
 画面がCMに切り替わり、ふと、視線を感じた。横を見ると、テレビを向いていたはずの顔がこちらを見つめている。
「何?」
「真面目な顔してるなあって」
 ……これはやはり、酔っていると判断して間違いなさそうだ。まさか、にやにや笑いながら鼻の頭をつまんでくる鳴神にお目にかかる日が来ようとは。
――っ、」
 あっけに取られていた由井が我に返ったのは、鼻をつまみ終えた鳴神の左手の人差し指が、ソファの背もたれに肘をかけていた彼の右手に触れてきたからである。そのまま、甲の真ん中に浮き出た骨の筋を撫でていく。
「くすぐったい」
 抗議の声にも構わず、手首の方向へと指を滑らせた鳴神は、付け根の出っぱりを何度か撫でた後、さらに数センチ移動した。
「これは?」
 筋肉で締まった腕の上に、うっすらと残る線状のあざ。
「火傷の跡。昔、オーブンでやったやつ」
「そうか」
 鳴神は愛おしげに目を細め、その部分を撫でた。
「職人の手だな」
 見つめる目尻が、うすく赤い。ようやく、酔いが表に出てきたらしい。
「ルカさん」
 名を呼ばれ、まばたきをひとつした大きな瞳が、視線の先を変える。
「さっきの特集、今日あるって、知ってた?」
 由井は調理番組を始め、商品開発や販売戦略、はたまた食材に関する豆知識など、仕事の参考になりそうな番組はできるだけチェックするように努めている。しかし、さすがにニュース番組の中身までは、なかなか目が行き届かない。
 いつもの鳴神ならきっと、クールに「ああ」とだけ答えるだろう。しかし、ほろ酔い加減であちこちゆるんでいるらしい彼は、ほんのり桜色に染まった頬で、口元をほころばせて言った。
「うん。見たいだろうと思って」

 あ〜〜〜〜、もう!

 由井は、明日の天気を告げる内容に変わった、もう邪魔でしかないテレビを消し、愛してやまない酔っぱらいに覆いかぶさった。


 熱愛中の恋人達らしい睦み合いだった。浅く深く口づけを交わし、離れ、視線と指を絡める。頬やこめかみにキスを落とし、落とされ、うっとりと微笑む。
 いつもなら、たとえ甘えている時でもどこかクールな部分を残している鳴神が、今日はすっかり心をくつろがせ、甘いひとときに身をゆだねている。しかし、初めての夜のあの、理性が一気に吹き飛んだような全開の媚態とは違い、じゃれあいを楽しむ余裕がある。どうやら、ホワイトチョコレートは通常のチョコレートよりも効き目が遅く、ゆるやかであるらしい。
 やばい、今まで見たルカさんの中でいちばん、直球で可愛い。
 もちろん相手が鳴神ならば変化球だろうが魔球だろうがどんとこいな由井であるが、頬を染め、艶な笑みをたたえてじゃれてくる彼の姿はストレートに心を揺さぶり、愛情と欲情の両方をほどよい強さで刺激していく。
 やがて、後者の方がたまらなくなった由井が体勢を変え、のしかかると。
「う」
 股間の高ぶりに、ぐっと太腿を押し当てられた。
 顔を見る。にやにやしている。
 わざと、そこに押しつけた。鳴神は一瞬「おや」という表情をしたが、再びにやにや笑いに戻る。
「いやらしい」
「そりゃ、ね。……うわ」
 腿をぐりぐりと動かされ、思わず声が出る。
「、ん」
 さらに深く踏み込んだ由井は、鳴神を同じ目に遭わせた。布越しに、もどかしい刺激の応酬。互いの息が上がっていく。
「……いやだ」
「!」
 重なり合った部分に滑り込んだ白い手が、由井の分身を脇から撫で上げる。
「触りたい、ちゃんと」
――俺も」
 瞳を潤ませた鳴神の額に、口づけが落ちる。取り出し、お互いに、お互いのものを、握った。今度は直接、刺激を送りあう。二人の息はますます湿っぽく、荒くなる。
「あ……」
 強い快感に溺れ、淫らさを増していく二つの右手。自分の手の動きと、受け取る信号との誤差に混乱し、興奮する。
「っ!」
 由井が、鳴神の耳を噛んだ。全身が硬くなり、由井に与えられていた刺激が止まる。
「……えっ?」
 今度は由井の動きが止まった。鳴神が左手を由井の服の裾からもぐり込ませ、乳首を探り当てたのだ。絶妙な加減で圧迫され、下半身へと慣れないしびれが走る。
 由井が固まっていると、くすくす、笑いの振動が伝わってきた。
「……もう」
 耳から離れた由井は、赤く濡れた唇に噛みついた。熱い塊も強く押しつける。二人は同時に右手を開き、互いの手のひらの中で互いを擦り合わせた。
「ん、ふ……」
 絡まる舌、もつれ合う分身。上も下もぬるぬると混ざり合い、なんだかもう、何がどう動いているのか理解できない。愉悦を追い、淫らな愛欲に身を任せた恋人達を載せたソファが、激しくきしむ音を立てる。

 二人が絶頂を極めるまで、さほど時間はかからなかった。