The Only Exception (14)


 合弁会社設立の記念式典とパーティを無事に終え、香月社長と鳴神はホテルのロビーで今後のスケジュールを確認をしていた。
「明日は研究所の視察の後、パリに移動して石倉様と夕食です」
 人気エッセイストの石倉都美子とみこは、香月の個人的な友人である。フランス人と結婚してパリに住み、日々の暮らしを紹介するエッセイを日本の雑誌に寄稿する傍ら、フランス文学の翻訳なども手がけている才女だ。香月とは大学時代からの腐れ縁らしいが、かなりうまが合うらしく、香月がパリを訪れる際には必ず会う時間を設けている。また石倉は有名な美食家でもあり、リリスに関しては相当アドバイスをもらっていた。デュシャンを紹介してくれたのも彼女だ。
「石倉はまた誰か、知り合いを連れてくると言っていたね」
「はい、ファッションデザイナーの方だそうです」
「奴にはいつも驚かされるから、楽しみだ」



「香月、鳴神君、久しぶり! 彼が友人のシリルよ」
 あざといくらい日本人を強調しているおかっぱの黒髪を揺らしながら石倉が紹介したのは、デザイナーという職業に恥じない洒落たファッションに身を包んだ、いやに小奇麗な男だった。彼はぱちぱちと瞬きをし、妙にしなを作りながらにっこりと微笑んで、口を開いた。
「初めましてぇ、シリル・リシェールでぇす」
 こう来たか。
 石倉は新しいもの、面白いものが大好きな遊び心満載の人間で、常にネタの宝庫である。今日のネタはオネエのデザイナーのようだ。
 リシェールは香月と挨拶を交わし、次に鳴神を見て目を丸くした。
「うわやだすっごい美形! シャチョーの愛人?」
 両手でがっしと握手されながら鳴神が淡々と答える。
「秘書です」
「うっそ、秘書で愛人!? それすっごいおいしくない? 仕事中でもいつでもOK?」
「秘書ですが愛人ではありません」
「えーそうなのぅ、残念」
「あはは、彼はこの通り、人としてはとても残念な性格なんだけど、デザイナーとしては素晴らしい感性の持ち主なのよ」
 石倉はシリルの肩を抱き、楽しそうに笑った。
「お前は本当にそういう人間が好きだな」
 香月のあきれたような声音も意に介さず、こんな返事まで寄越す。
「そう、だからあなたともこうして長年友情を育んでいるじゃないの」
「私は別に面白くもない、普通の人間だよ」
「普通の人間に大企業の社長なんか務まるもんですか」
 旧友同士の気の置けない会話の後に、軽い爆弾発言が投下された。
「あ、そうそう。彼、エルネスト・デュシャンのいとこなのよ」
 あの種族か。

「シリルとは『チョコレート中毒者の会』で知り合ったの」
 石倉はシャンパンを傾けながら語った。
「『チョコレート中毒者の会』?」
「ええ。『Le Club des Chocoholiquesル・クラブ・デ・ショコーリク』、フランス、いいえ、世界で最も権威あるショコラ愛好会よ。定例会でいろいろなショコラを試食して、フランスのお家芸たる批評家精神で語りたおして楽しむの。ショコラやショコラトリーの格付けもしているわ。今ちょうど日本でやってるでしょう? ガラ・デュ・ショコラ」
「ああ、雑誌か何かで読んだことがあるな」
 香月のつぶやきに、鳴神が言葉を添える。
「チョコレートショップの見本市のようなものだと聞いています」
「ええ、その通り。それ、本家は10月にパリで開催されるの。そこで毎年、クラブ・ショコーリクが中心になって優秀なショコラティエを表彰するアワードを設けているんだけど、最近は日本人の職人がかなり幅を利かせているのよ。二年に一度は、世界中から代表が集まって技術を競う『ワールド・チョコレート・エキスパーツ』の決勝大会もやるんだけど、そこでも日本人が連続で優勝しているし」
 石倉がリシェールにフランス語で語り直すと、
「そうそう、ここ数年、日本人のパティシエやショコラティエが大活躍なのよぉ」
 彼は目を輝かせ、フランスに店を構えていたり、こちらで賞を取ったりしたという何人かの日本人の名前を並べたてた。
「アタシ日本男子大好きなの! 真面目だし優しいし、口下手でシャイなところもキュートだわ。気まぐれで口ばっかりで態度の悪いフランス男なんて、日本男子に比べたら(ピー)よ!」
「フランス人男性に比べて日本人男性は口下手だけれど真面目で素晴らしい、だそうです」
 放送禁止用語など使わないでほしい。上司に通訳する身になれ。
「クラブでもこの間、日本人職人限定の試食会をやったのよね」
「あれは天国だったわ! でも残念なことに、アタシ的イチ押しのビジューのアラタは日本に帰っちゃった後だったの」
 鳴神は一瞬絶句したが、なんとか立ち直り社長に内容を伝えた。
「ビジュー? 会長がえらく気に入っていたあの店のことかな」
「はい、左様です」
「さすが、研美の会長さんは舌が肥えてらっしゃるわね。ビジューはうちのやたら厳しいクラブ員たちも手放しで絶賛する、最上位の格付けを誇る名店なのよ。あの香り高さと繊細な味わいは、とても他には真似できないわ。まさに『bijou(宝石)』の名にふさわしい店ね。この近くに本店があるんだけど」
 石倉は由井がリリスで語っていたような内容を語り、さらに鳴神の知らない由井の過去についても語った。
「シリルお気に入りのアラタは、オーナーのフランツ・ドゥモリエが特別目をかけている日本人ショコラティエなの。従業員の募集をしていなかったビジューに、毎日通って弟子にしてくれって頼み込んで、最初はただ働き同然で雇われたんだそうよ。真面目な性格で腕もいいから、職人を引退してカカオ農園に専念してる先代も彼をとても買っていて、今までどんなに希望があっても頑として首を縦に振らなかった二号店を、彼をシェフにしてなんと日本に出店したってわけ。あの時はびっくりしたわ」
 由井ならば納得できる話だと思いながら聞いていると、言葉はわからねど大好きなアラタの話をしていると勘づいたらしいリシェールが嬉々としてまくしたてた。
「彼の作った『ジャポン』を初めて食べた時の衝撃は忘れられないわ! エキゾチックな日本酒の風味を香り高いカカオが官能的に包み込んでいて、まるで媚薬みたいだったの! 身体中がとろっとろになって、何度も何度もエクスタシーを感じちゃった! それにね、彼、ものすごいアタシ好みのイケメンなの! きりっとした顔立ちで、まさに日本のサムライって感じなのよね! 照れて笑ってるところも可愛いかったけど、働いてる時の真剣な横顔ったらもうたまらなかったわ! 背は高いししっかり筋肉ついてるし、あのたくましい胸に抱きしめられたらきっとサイコーね! 口数は少なかったけどああいう男は絶対ベッドでは情熱的な」
「シリル、ストップ。何か鳴神君から殺気を感じるわ」
「あらやだアタシったら、つい興奮して」
 ごめんなさーい、という謝罪の言葉は中身の詰まってなさそうなことこの上ない。いらだつ鳴神に石倉が面白そうに言った。
「珍しいわね、鳴神君がそんな顔するなんて。君、同性愛嫌悪者ホモフォビアだったかしら」
「いいえ。ただ、通訳しにくい表現は避けていただければ幸いです」
「あら、香月はこんなの平気よ。むしろ懐かしいくらいじゃない?」
「は?」
 虚をつかれた鳴神の反応に、石倉は満足げな笑みを浮かべた。
「あたしが結婚する前、香月がまだ営業やってた頃は、いわゆるおかまバーでよく遊んだものよ。ねえ香月」
「ああ、そうだったな」
 ……いや社長、そんな感慨深そうに言われても。
「この業界は女性の進出が早かったから、接待する相手が女性という場合もわりと多くてね。いわゆる『お姉ちゃんのいる店』が使えない時にはどうすればいいか考えていたら、石倉にこういう店はどうかとアドバイスされたんだ。最初は不安だったが、思いきってやってみたら、物珍しさもあるし、店員は話術の巧みな人が多くて、接待した方々には好評だったよ」
「はあ」
「それに『彼女』たちは下手な女性よりよほど化粧に詳しいし、厳しいからね。個人的にもとても勉強になった。彼女たちの意見を参考にしてできた人気商品もあるんだよ」
「左様ですか……」
 研美の発展の意外な功労者に戸惑っていると、軽い爆弾発言その2が投下された。
「君も今度、村田に連れて行ってもらうといい」
「室長に?」
「ああ、『夜の帝王』村田君ね。彼、元気にしてる?」


「そうそうシリル、ビジューといえばね、バレンタイン用に日本限定のフレーバーを出してるらしいわよ」
「えー何それ!? アタシ聞いてない!」
「確かに、事前情報はなかったわね。私も、日本のガラに遠征してるメンバーからの報告で初めて知ったの。あなたの分も買ってきてもらうように頼んでおいたから」
「トミコ最高! 超楽しみ〜!!」
「白ワインのガナッシュだそうよ」
「うっそ、アタシの大好きなアルコール系!? あーもぅ、早く食べた〜い! トミコ日本人でしょ、どこでもドアくらい作りなさいよ!!」
 ガールズ(?)トークを繰り広げる二人を前に、社長から村田の帝王伝説を聞かされる鳴神であった。