The Only Exception (19)


 求め合う心そのままに、互いの唇に食いついた。
「ん……、ふ」
 鳴神の口内に残るチョコレートの香りと甘さを、舌を絡めて分かち合う。毎日毎日、何度となく口にしているこの味だが、こんなにとろけそうな気分になったのは初めてだと由井は思った。
 俺も、酔いそうだ。
 きつく力強く抱き合いながら、さらにキスを深める。絡んだ舌の合間からこぼれる吐息すら火傷しそうに熱い。むさぼる、という表現がぴったりの口づけだった。
「……は、あ」
 接触面から残り香のひとかけらすらも消えうせ、二人が顔を離した時には、唾液が名残惜しげに糸を引いた。
「熱い……」
 鳴神は熱に浮かされた目のまま、思いきりよく部屋着の上を脱ぎ捨てた。薄い筋肉で覆われたしなやかな上半身があらわになる。由井ももどかしく上を投げ捨て、再び抱き寄せた。熱を帯びた身体をダイレクトに感じ、本当に酔っているんだと認識する。
 神様ありがとう、ルカさんをこんな体質にしてくれて。
 ちょっと前まではむしろ恨んでいたはずの由井の手のひら返しに、きっと神様もあきれている。
 ふと、薄い皮膚の張られた左耳が由井の目に映った。こんなところまで赤い。
 やわらかそうな耳たぶを口に含むと、腕の中の身体にびくりと緊張が走った。
「……や、っ」
「いや?」
 口にくわえたまま尋ねる。頭が小刻みに震えた。
「くす……ぐったい、ん、う、あぁ」
 息を詰めて震えるのがたまらなく可愛い。逃げ腰になる身体をがっちりホールドし、そのまま耳を食みつづける。
「あっ、あ、ん、やめ……、新…っ!」
 息を荒くしてなおも逃げを打つが、前には由井、後ろはソファ。行き場などない。ますます顔を赤くし、涙声になっていく鳴神をソファの座面に押しつけ、意外と意地の悪いショコラティエは、舌を差し込んでみたり、息を吹きかけてみたりと、か弱い耳を存分にいたぶった。とても大事なことを言い忘れていた彼を恨んでの犯行かどうかは定かではない。
 すすり泣くような声を上げながら、全身を緊張させてぷるぷる震える姿を十分に堪能した由井は、左手で脇腹のラインをなぞり上げ、親指で胸の先端に触れた。
「いっ……あ!」
 甘い叫び声。小さく慎ましやかな鳴神のそこはしかし、ソファに押しつけられ胸を張っているせいで、まるで触れといわんばかりに突き出されている。硬くなっているそれを軽くつまんだら、「ひっ」と息をのむ音がした。
「あ、あっ、どうして、そんな」
 過剰なほどにびくびく反応するさまも愛おしい。
「気持ちいい?」
 甘噛みの位置を耳から首筋、鎖骨、胸へと下げていき、もう片方の先端に吸いついたら、跳ねた。
「っ…! なんで、そんな…とこ……、いい、すごく……あら…た、ああっ」
 右の乳首をこりこりといじりつつ、左の乳首は舌先でつつき、転がし、きつく吸い上げる。両方を同時に責められ、甘くあえぎながらさらに体温を上げていく身体。
 過ぎる快感にのけぞり、身をよじった鳴神は今度は右の耳をさらしていた。唇を右手に代え、同じ動きで両方の乳首をいじめながらその赤い耳にかぶりつくと、
「っ! だっ、だめだ、あらた、あ、あっ!」
 鳴神は激しい反応を見せて、慌てたような声を上げた。
「や、あ、あ……――――っ!」
「え?」
 息と動きを止め、ぎゅっと目を閉じて身を固く震わせる。
 しばらくして、全身が弛緩した。肩で大きく息をしている。
 ――この、感じは。
「……いっちゃった?」
 目を合わせた顔は、放心したまま、こくりとうなずいた。
 まだ触ってもいないのにと驚いた由井だったが、カカオには興奮作用もあることを思い出した。その昔は精力剤として飲まれていたほどの食品だし、チョコレートにまったく免疫のない彼のこと、相当感じやすくなっているのかもしれない。
 そっと髪を撫でながら、落ち着くのを待っていると。
「もっと……」
「え?」
「もっと、欲しい」
 こちらまでうっかり暴発させられるところだった。


 ルカさんは俺にくれると言った。だから、遠慮なくもらう。
 でも、やっぱり二人で一緒に気持ちよくなりたい。そのためには、準備が必要だ。

「ルカさん、あの、何か……潤滑剤って、ある?」
「じゅん…かつ?」
「えっと……その、ローションとか、オイルとか」
 鳴神はぼんやりと考えていたが、しばらくして、リビングボードを指した。その上や近辺にはあからさまなバレンタインプレゼントの山が積もっている。むっとしながらも、近づいた。
「……その、開いてるやつ」
 それは、ライトグリーンのオーガンジーの布にくるまれ、光沢のある真紅のリボンが添えられた、ひときわ目に鮮やかなプレゼントだった。リボンは既にほどけている。その中には、大きな飴玉のようにかわいらしく個包装された入浴剤がいくつかと、ミニボトルのボディローションにボディオイル、ボディスポンジが入っていた。どうやら入浴関連グッズのセットのようだ。漂う柑橘系のさわやかな香りは、いま鳴神の髪や身体からしているのと同じもの。おそらくシャンプーなども一緒に入っていて、今日さっそく使ったのに違いない。
 紛うことなき嫉妬に、顔がゆがむ。
 が、しかし。
 そのボディローションの容器の表面に、プレゼントにはあるまじき文字列が表示されていることに気づき、由井は我が目を疑った。
 ――「試供品」?
 あらためてよく見れば、ボディオイルの方も研美の商品サンプルだった。これはシャンプー類も推して知るべしであろう。そしてさらに、「冬でもつや髪、うる肌キープ♪研美バス・ボディケア商品キャンペーン/ただいま対象商品をお買い上げいただくと、もれなくお好きなバスグッズをおひとつプレゼント!」と書かれた小さなカード状の印刷物が入っており、いま目の前にある入浴剤やスポンジ等の写真が載っている。つまり、販促用の景品。
 これ絶対、ラッピングの方が金かかってる!
「ルカさん、これいったいどんな人がくれたの?」
「姑」

 ……あんな美人なのに、ほんとに姑なんだ……。

 とんでもないバレンタインプレゼントだったが、由井の誤解を完全に払拭する決定打になった。その上、これから役に立ってくれそうだ。ある意味最高の贈り物であった。


 鳴神の腰を支えてベッドルームに移動した由井は、ふらつく長身を苦労しながらもなんとかベッドに横たえた。ズボンと下着を剥ぎ、リビングから持ってきたウェットティッシュで粗相を拭いていく。
「、つめた……」
「ごめんね」
 濡れた感触に肌を震わせる鳴神だったが、まだチョコレートの影響は残っているらしく、拭き上げる手の刺激で再び芯を硬くしつつあった。その芯すらも綺麗だと由井は思った。本当にこの人はもう、どこもかしこも綺麗だ。
 主に似てすらりとした分身を、ためらいなく握る。
「ん、」
 先端の敏感な部分を、指先でいじってみると、
「はぅ、」
 普段のクールな社長秘書からは絶対漏れることのない、鼻にかかった甘い声が聞けた。とろりとした顔にキスを落としながら、握った右手を動かし始めたところ、
「い……やだ、新」
 その部分の持ち主の右手に邪魔された。
「痛かった?」
 問いは、小さな首振りで否定された。
「いっしょ、に」

 ……ちょっとこの人可愛すぎじゃね?

 再度暴発の危機にさらされた由井だったが、深呼吸してなんとか息子をなだめた。
 まったく、油断も隙もない。キレて襲いかからないようにと、来る前に風呂場で一発抜いておいたからまだよかったものの、それがなければやらかしていたかもしれない。こっちは酔ってないんだから何も言い訳できないというのに。
 気を取り直し、自分も下を脱ぎ捨てた由井は、ローションにオイルを混ぜて粘度を調整し、膝を立てさせた長い足の付け根の奥まった部分に、ぬるつく手を這わせていった。
「ん、」
 小さなすぼまりとその周辺にたっぷり潤いを塗りつけて、優しく、マッサージするように撫でる。
「いっ…」
「大丈夫」
 不本意だが、数回経験のある行為だ。ああしろこうしろと注文の多い男だったから、自分の独りよがりではないはず。たぶん。
 くりくりと撫で回す中指を、すこしずつ奥に埋めていく。意外なことにそれほど力みはなくて、わりとすんなりと入った。さっき一度いったのがよかったか。
「指、動かすよ」
「う、ん……」
 指先を動かし、いいところを探る。動きに合わせて粘液がちゅぷ、くちゅと濡れた音を立てる。不快感は強くないようだ。その証拠に、鳴神の性器は萎えることなく、それどころか勢いを増している。
「ん……う、あ」
 いまや完全に勃ち上がって、蜜をたたえるその中心。いまだ赤い顔の眉間に皺を寄せ、由井の蹂躙を受け入れる顔はもう掛け値なしにエロい。
「!」
 綺麗な身体が、息をのんでびくんと固まった。その位置を、指の腹で強めに刺激する。
「あっ、あ!」
 押すたびに、びくん、びくんと激しい反応。
「……なんだ、これ」
「いや? 気持ち悪い?」
 由井の伺いに、彼は否定の言葉を返した。
「いや…じゃ、ない。けど、なにか……」
 もう一度、今度は押したままぐりぐりと力を入れてみる。
「はっ……、あ、あ、あ!」
 急激に声が大きくなった。切羽詰まった様子でのけぞり、首を振る。
「や、あらた、やめ……あ――っ!」
「えっ?」
 見ると、鳴神はまた射精してしまっていた。噴き出すというより、押し出すようにだらだらと。
「や、あ……は、う……っ…」
 断続的にびくびく震える身体。まだ中に残っている指も動きに合わせて締めつけられる。
 後ろは初めてだろうに、こんなに反応がいいなんて。
 俺のチョコレートすげえ。まるで媚薬だ。
 感心したような気持ちで激しく上下する胸を見ていると、鳴神が、とがめるように口を開いた。
「いっしょにって、言った」
「……ごめん」
 そんな風に口をとがらせてとがめられても可愛いばっかりだ、とか思っていたら。
――もっと」
「え」
「もっと、欲しい」
 本日三度目の暴発の危機にさらされた。


 即席の潤滑剤をたっぷり追加し、左手でやわやわと外を愛撫しながら、中をえぐる指を増やす。
「ん、」
 双方向からの刺激に敏感に反応した鳴神のペニスは、またすぐに勃ち上がり、歓喜に震えた。
「……じゃ、そろそろ」
「、んっ」
 指を引き抜き、長い両足をぐいと抱え上げ、秘所に切っ先をあてがう。
「いただきます」
「う、ん……、は、あぅ、」
 やわらかくほぐされ、潤いも十分なそこは、じわじわと由井を飲み込み、包んでいく。
「すっげえ、熱い」
 さほど抵抗なく、すべてが収まった。先ほど調査した弱い部分を突くようにすると、
「あ!」
 内部がうねり、締めつけられて、たまらない。
「……ああ、いい……きもちいい。あらた、は…?」
 ああもう可愛いなこの人は。
「俺も、すげえ、いいよ。……やっべえ何これ信じらんねえ」
 今までに経験してきたセックスとは桁違いなレベルの快感だった。綺麗でエロくて愛しい人が、己の腕の中であられもなく感じまくっている上に、その内側は熱くてやわらかくてきゅうきゅうでとろっとろで、繋がった部分から溶けてしまいそうだ。
「は、あ……っ、すご…い、あら、た」
 鳴神がかすれる声で名前を呼びながら、全身でぎゅうっとすがりついてきた。
「ああ……、すごく、いい、おれ、もう……、だめだ」
「ルカさん……!」
 最高に甘い殺し文句についに限界を覚えた由井は、愛おしい相手をきつく抱きしめると自身を奥深くまで挿し込み、激しく腰を揺すった。
「……っあ、ん、も…だめ……、いく…っ!」
「、んっ……!」



 やっとすこし動けるようになった二人は、繋がったまま、長い長い口づけを交わした。