パズル (12)


 手を繋いで、芳野さんのマンションまで行った。
 時々、お互いの手をぎゅっと握ったり、握り返したりしながら、ずっと無言で。
 現実感がなくて、雲の上を歩いてるみたいだった。

「シャワー、先に使う?」
部屋に入って、初めて芳野さんが口を開いた。これから俺たちが何をするかを暗示した台詞。上目遣いでこちらを見ている顔を見つめ返すと、芳野さんは赤くなって目をそらした。
 ……かわいい。
 ふわふわ歩いていた場所から地上に引き戻された気分だった。今にも火がつきそうな本能を押さえて、うなずく。案内された浴室で、熱いシャワーを浴びた。
 酒なんか全部洗い流して。
 最初からちゃんと、やり直すんだ。
 あの人に、今度は、別の涙を流させてやる。

「……なんでパジャマ着てるんすか」
「いやあの…、どうしていいか、わからなくなって」
ベッドに腰掛け、バスタオル一枚の臨戦状態で待っていた俺の元に現れた芳野さんは、しっかりパジャマの上下を着ていた。
「変かな、とは、思ったんだけど……」
ドアの前で、口ごもりながらもじもじとつっ立っている。いつも落ち着いている芳野さんの混乱ぶりがおかしくて、愛おしい。
 近づいて、頬に手を添える。風呂上がりの上気した肌はきめが細やかで、親指で撫でると、本当にすべすべだった。女の目は確かだ。
「くすぐったい、よ」
視線をさまよわせる顔を上向けて、ふっくらした唇に口づける。
「……ん」
やわらかな感触と甘い吐息に、さっき押さえた衝動が一気に火を噴いた。
「ん、んん」
何度も角度を変えて、夢中でむさぼる。舌をからめて、吸って、息つく暇もないくらいに激しく。
 立っていられなくなった芳野さんを抱え、もつれるようにベッドに倒れ込んだ。もどかしくパジャマのボタンを外していく。まぶしいくらい白い肌と、あのほくろがあらわになって、俺の目を刺した。黒い一点に吸い寄せられるように近づいて、キスを落とす。
「あ、やめ」
鎖骨と一緒に甘噛みすると、細かい震えが伝わってきた。
 ここ、弱いんだな。
 弱点を何度も攻められ、くったりした芳野さんからズボンを剥ぎ取ると、その中心がしっかり兆しを見せていた。俺のと同じ器官とは思えないくらいきれいな色で、やわらかそうに見える。そっと触れてみると、芯はあるけどやっぱりやわらかくて、触りごこちがとてもよかった。こんなとこまで美肌なのか。
「ん、」
濡れそぼる先端を親指でこすったら、抱え込んだ身体がぴくんと跳ねた。
「ふ、ぅん」
ますます溢れて俺の指を濡らす蜜にたまらなくなって、俺のものと一緒に右手に握りこんだ。
「あっ、」
ぬるぬるした手を上下に動かすと、芳野さんの顔がますます赤らんで、息が上がってきた。俺の息も後を追う。
「…熱い…よ……」
かすれた声が腰に響く。ピッチを早めると、下から腰を押しつけられた。どうやら無意識にやっているらしい。
「芳野さん、かわいい」
ほくろの上に口をつけてささやくと、くすぐったげに首を振った。その仕草に煽られて、ますます激しく腕を動かす。
「は、あ ―――あぁっ!」
―――ん!」
二人とも、ほぼ同時に果てた。

 名残惜しく、身体を離す。
 横たわる白い身体の上に二人分の情熱が散った眺めはえらく扇情的で、放出したばかりなのに身体の芯がぴくりと反応した。
 ティッシュで拭き取って始末し、芳野さんを起こして、まだ腕にまとわりついているパジャマの上を脱がす。
「あの、ヒロくん」
芳野さんが遠慮がちに言った。
「明かり、消してもいい?」
「だめ」
即答。
「俺、明るい方が好き」
「恥ずかしいよ」
「だったらよけい、このままする」
パジャマを放り捨てて、再び押し倒す。
「……いじわる」
芳野さんは涙目になっていて、胸にずんとくるものがあったが、目尻にキスしてごまかした。
 だって、せっかくエッチするならあれもこれもじっくり見たいじゃないっすか、ねえ。
 というわけで、あらためてじっくり観察させていただく。
「やっぱピンクだった」
「…え?」
「ここ」
乳首を触ると、芳野さんの顔がスイッチでも入ったみたいに真っ赤になった。
「うっすら覚えてたんだけど」
そのままいじっていると、次第にこりこりしてきた。
「男でも、固くなるんだ。気持ちいい?」
「…そんなこと、言わないで……あ、っ」
俺はその感触をしばらく楽しんでから、ベッドについている引出しを開けて、ローションとコンドームを取り出した。驚く顔に告げる。
「これも、思い出したから」
 しかもさっき、芳野さんがシャワー浴びてる間に中身チェックしといたし。
 芳野さんの足をMの字に広げさせて、間に座った。半勃ちになった中央を見つめる。
「ここも、ピンク色してる」
「言わないでってば」
恥じらうかわいい人に、意地の悪い言葉を投げてみた。
「恥ずかしがりなんだ芳野さん。あの夜はあんな大胆だったのに」
すると、
「…だって、あのときは、その……」
芳野さんはもごもご言いながら、ちょっと切なげな顔をした。
「一回きりだと、思ってたから」
その言葉に、胸の締めつけられる思いがした。
「これから、いっぱいしよう」
赤い膝頭にキスを落とす。そして、足をさらにぐっと広げた。
 ローションをたっぷり手に取って、小さなくぼみの周囲に塗りつける。
「指、入れるよ」
芳野さんが顔をそむけたまま、こくんとうなずくのを確認して、ゆっくり、中指を進入させた。
「中、熱い」
やわらかいひだが、からみついてくる。この中に入れた時を想像して、自分の中心が激しく波打つのを感じた。
「は……」
ローションの粘い音がいやらしく響いている。白い肌に飲み込まれていく俺の日焼けした指が異質で、なんだかとてもいけないことをしている気分になる。
「ん……ぁ、ん」
芳野さんの息が荒くなった。触っていない前の方が俺の指の動きに合わせて元気になっていくのがまる見えで、ひどく興奮する。
 二本目の指を入れる頃にはもう、ピンクの塊は完全に勃ち上がっていて、再び蜜を零していた。
「も、いい?」
「…待って」
急く俺に、停止がかかった。
「あの、もうすこし……しないと。ヒロくんのは、その、おっきいから」
ためらいがちに「おっきい」なんて言われて、暴発しそうになる気持ちを必死で押しとどめる。
 今の予期せぬ一撃はちょっと、すごかった。ので、三本目を入れながら、つい、反撃してしまった。
「これ、あの夜は自分の指でしたんだよね」
途端、指がきゅっと締めつけられた。
「……おねがいだから、もう、言わないで」
 今度またやってもらおう。つか絶対やらせる。そんでじっくり見てやる。
「行くよ」
指を抜き、膝裏を抱え上げる。コンドームを着けた先端をあてがって、進めた。しかし。
「きっつ…!」
あまりのきつさに、半分くらい入ったところで、引き抜いてしまった。芳野さんも、痛そうな顔をしている。
「ごめん、痛かった?」
「だいじょ…ぶ」
息を整えてから、再度ローションを手に取り、入口と、俺のに塗りたくった。
「もっかい」
「ん……んっ」
今度は前より入りやすかった。でも、やっぱり狭くて、ゆっくりゆっくり、差し込んでいった。
「ん、あ、おっきい……」
眉間にしわを寄せて、俺を受け入れていた芳野さんが、
「あ…そこ」
ふいに、薄く目を開いた。
「だめ……ああぁ」
「ここ?」
ちょっと動かすと、
「あああん!」
いきなりものすごい締めつけをくらった。い、痛い。
 その位置で、腰を揺らす。色の薄い瞳がとろんとして、呼吸が早くなっていく。
「いい……あ、いいっ……」
シーツをつかんでいた腕が、俺の背中に回された。
「…ヒロ…ヒロ……」
耳元で聞こえる息遣い、甘い喘ぎに混じって、俺の名前が呼ばれる。それを心地よく聞きながら、同じ動きを繰り返していたら、
「あ、あ……ヒロ、好き……っ!」
愛しい人は、二度目の絶頂を迎えた。

 薄い胸が大きく上下している。
 しばらく待っていたら、きつく食いつかれていた部分が、いい具合にゆるんできた。
「芳野さん」
うつろな瞳が、俺をとらえる。
「俺も好き」
きゅん、と締まった。それを合図に、腰を大きく動かす。
「あっ…、ま、待って」
「待てない。もう限界」
「や、やっ……やめて、いま動いちゃ、だめ」
「ごめん、無理」
退こうとする肩を逃がさないように捕まえて、目の前にあるほくろに、噛みついた。
「ひっ」
ぎゅうっと絞られたそこを、広げるように穿つ。
「あ、あ……、ああああ!」
盛りあがった涙が目尻からこぼれていく。
「くう……!」
震える芳野さんを抱きしめ、ひときわ力強く打ちこんだ先端から、俺の高ぶりを注ぎ込んだ。
 声も出ない俺の下で、白い身体はびくびくと震え続けていた。



 あと一球。あと一球だ。
 夏空の下、俺が放った渾身の一球は、バッターを大きく空振りさせて、キャッチャーミットに吸いこまれた。
「ストライーク、バッターアウッ! ゲームセット!」
「っしゃああ!」
右拳を振り上げると同時に歓声が上がり、皆がピッチャーマウンドに集まってきた。
 七月末、バッカスリーグの前期最終試合。ファイヤーバーズはたった今、宿敵・フレッシュマリナーズをノーヒットノーランで完封し、リーグ首位に立ったのだ。
「すっげーぞヒロ!」
「よくやった!」
「時給100円アップだ!」
「コラ適当なこと言うんじゃねー!」
 皆にもみくちゃにされながら、俺は思いきり手を振った。
 応援席、ピッチャーからいちばんよく見える場所で拍手している、長袖の人に。


−終−