甘い運命 (2)


 遅刻の理由をどう説明するか悩んでいたらかえって上司の不興を買い、こってり絞られてしまった柴山は、その日の帰り、近所のコンビニでシュークリームを買ってみた。しかし、半分も食べず止めてしまった。その後もスーパーや、駅構内にある大手チェーンの洋菓子店に行ってみたりしたが、ダメだった。総じてシューがふにゃっとしていて、あの時食べたような歯応えのある物はない。カスタードクリームも甘すぎたりくどすぎたりで、とてもじゃないが満足できるものではなかった。
 思うに、あのシュークリームは彼の手作りだったのではないだろうか。お菓子作りの好きな男子高校生というのも珍しいが、いないことはないだろう。そう考えると、うまいと言われて機嫌を直したことや、評価を気にしていたことが納得できる。きっと、適当な誰かに味見させようと思っていて、その相手がたまたまぶつかった柴山になってしまったのだ。
 しかしそうなると、あのシュークリームはおそらく二度と食べられない。さすがに彼を探してまでもう一度食べさせてもらおうという気力はないし、第一、名前も知らないのだから、探しようがなかった。
 甘党でもないくせに、たかがシュークリームに何をこだわってるんだか。
そうは思いながらも時々あの味が舌の上によみがえり、ため息をついては職場の人間に気味悪がられる柴山だった。

 週末。行きつけのレンタルショップで映画とCDを借りた柴山は、店を出た時、通りの向かい側の端に洒落たケーキ屋があるのを発見した。今までしょっちゅう目にしていたはずだが、自分とは関わりがないものとして目が無視していたらしい。ショーウィンドウから何気なく覗いてみて、あっと思った。店内のショーケースの中にあるシュークリームが、あの時の物によく似ているのだ。
 ひょっとして、ここの商品だったのか?
白木のドアには「フランス菓子 ラ・フルール」とある。期待を胸にドアをくぐると、
「いらっしゃいませ」
シックな黒い服を着た太目のマダムが、おっとりした微笑みで迎えてくれた。ケースを覗くと、色とりどりのきらびやかなケーキに混じって、濃い焼き色のシュークリームが並んでいる。しかし、置いてあるのはカスタードのシュークリームだけだった。
「あの、シュークリームってこれ一種類ですか?」
「一種類、とおっしゃいますと?」
「あ、いや、味の種類っていうか…、こういう普通のカスタードのしかありませんか?」
「ええと……そうですねえ、春には苺入りの物も置いておりますが、この時期には」
「じゃあ、アーモンド味のなんて…ないですかね」
マダムは首をかしげた。
「申し訳ありませんが、当店では取り扱っておりませんねえ」
「そうですか…」
そのとき、奥のドアが開いて、元気な声が聞こえた。
「タルトレット・オ・フリュイ、あっがりましたー」
「あっ」
ひょっこり現れたのは、あの男の子だった。コックコートに身を包み、背の高い白い帽子をかぶっている。手にはカラフルなフルーツタルトが整然と並んだトレイ。
「あ、お前!」
柴山の声にふっと顔を向けた彼は、トレイを持ったまま、大きな目を丸くした。
「あらサキちゃん、お友達?」
マダムの声がのほほんと響いた。