甘い運命 (4)


 時計は十二時を回っていた。
 そろそろかなと柴山が顔を上げた時、タイミングよく玄関のチャイムが鳴った。一応ドアレンズを覗くと、見なれた顔がびろーんと広がっている。もちろん、広がっているのはレンズのせいだが。
 ドアを開けると、サキがくたびれた様子で突っ立っていた。
「生きてるか?」
「…死にそう」
 二人はあのシュークリームの縁以来、すっかり友達になっていた。柴山の部屋はラ・フルールから歩いて五分もかからない場所にあるので、時々、遅くなったサキがこんな風に泊まりに来たりする。今日は引き出物の焼き菓子を大量に作ったのだそうだ。
 ふらふらと靴をぬぎ、ソファの上に倒れこんだサキに声をかける。
「なんか食うか?」
「いま食いもん見たくない……」
クッションを抱きかかえてころがったサキの目は、もう半分しか開いていない。柴山はやれやれとため息をつき、隣の部屋に毛布を取りに行った。戻ってくると、名パティシエはすっかり夢の中にいた。
「菓子くせー…」
せめてシャワーを浴びてほしかったと思いつつ、毛布をかけてやった。柴山は足がはみ出るのでこのソファに寝ることはできないが、サキにはちょうどいいらしく、すやすやと寝息をたてている。クッションに半ば埋もれた童顔はとても同級生とは思えない。菓子の香りといい寝姿といい、まるで子供みたいだと柴山は思った。

「オラ、起きろ拓人! いつまで寝てやがる!」
実に色気のない台詞とうまそうな匂いで起こされるのが、サキが泊まった翌朝のお決まりのパターンだった。サキはどういう魔法を使うのか、柴山宅の乏しい冷蔵庫の中身を駆使してまともな飯を作ってくれる。サキなりの一夜の宿のお礼らしいが、いつもパンを牛乳で流し込んでいる柴山には非常にありがたいお礼だった。これでたたき起こされるのでさえなければ、毎日泊まりに来てほしいくらいだ。
「じゃーオレ帰るわ。泊めてくれてサンキューな」
「あ、ちょっと待った」
玄関に向かったサキを柴山は呼びとめた。
「サキ、来週誕生日だったよな」
サキは驚いた様子で振り返った。
「おう。よく覚えてたな」
「2月2日なんてそうそう忘れねーよ。飯でも食い行かね? 俺おごるし」
「えマジ? やったー! …ってお前、女は? クリスマスの時の」
「別れた」
「またかよ…」
サキと知り合ってまだ一年も経たないが、その間柴山は三人の女性とつきあい、別れていた。
「オレが必死でブッシュ・ド・ノエル焼いてた時、ホテルでお食事〜なんつって浮かれてたくせに」
「しょーがねーだろ」
柴山は苦い顔で目玉焼きを飲みこんだ。
 柴山は結構女性にモテる。高い身長とすっきり系の顔立ちはぱっと見に好感度が高く、合コンなどでは真っ先にチェックされるタイプだ。しかし、いざつきあってみるとどうにも長続きしないのだった。思ったより地味だとか、一緒にいてもつまらないとか言われてふられてしまう。まあ、そういう派手好きな女が好みな自分にも問題はあると思うが。
「だいたいお前、女見る目なさすぎ。なんであんなケバいのが好きなんだ?」
最初はそれなりに慰めの言葉をくれたサキだが、三回目ともなると容赦がない。自覚はあるだけに痛かった。
「うるせーなー。そういうお前はどうなんだよ」
サキに彼女がいるという話は聞いたことがなかった。半ばヤケ気味に話を振ると、
「オレは菓子が恋人」
サキは躊躇なくそう言って、ニヤリと笑った。