甘い運命 (7)


 シードルは民芸品風な模様のついた、大ぶりのティーカップのような陶器に入っていた。サキによるとシードルボウルという器らしい。あめ色をした微発泡の液体から、ほのかに果実の香りが立っている。
「じゃ、とりあえず誕生日おめでとーってことで」
そう言って柴山がカップをかるく持ち上げると、サキは「サンキュー」と言って満開の笑顔を見せた。祝い甲斐のある奴だと思いながらカップに口をつける。
「…お」
リンゴ酒というからやたら甘いのを想像していたが、さっぱりした辛口だった。冷たく冷えた炭酸の軽い喉越しが心地よくて、いくらでも飲めそうだ。
「うまいわこれ」
「だからだいじょーぶつったじゃん」
サキはそう言いながらメニューを広げた。
「ここらへんがメシ系でこっちがデザート系。だいたいオレはメシ系とデザート系一枚ずつ食うんだけど、拓人はそれじゃ足りねーかもしんねーから、なんか前菜も頼んどこうかな」
「んー、よくわかんねーから任せる」
柴山はサキのすすめるままに、いちばんオーソドックスだという「卵とハムとチーズ」を頼んだ。
 前菜のサラダが来たところで、柴山はさっきの疑問を思い出した。
「そういや、今日ってクレープの日なのか?」
「ああ。フランスは今日、シャンドルールっていうお祝いの日なんだ」
レタスをいい音をさせてかじりながら、サキが続ける。
「この日、家でクレープ焼いて食う習慣があってさ。焼くとき、右手にコイン持って、左手でフライパン持って、うまく片手でひっくり返せたら一年無事に過ごせるとか願いがかなうとかって言われてて」
「それって難しくねー?」
「慣れないと結構難しいな。だもんで皆うまくできるまでひたすら焼くから、山ほどクレープ食う羽目になって、次の日クレープ屋は商売上がったりっていう……あー、だから邦さん覚えてたんだ」
笑っているうちに件のクレープが運ばれてきて、柴山は少なからず驚いた。
 柴山にとってクレープといえば、薄く丸く焼いた黄色っぽい生地にクリームだのなんだのを塗り、三角に折りたたんで立ち食いするあれだった。なのでメニューに「卵とハムとチーズ」「ほうれんそうとベーコン」「スモークサーモン」などと書かれていても、あのふにゃふにゃにそういった具が巻かれて出てくるイメージだったのだ。
 しかし、その想像は一目で打ち砕かれた。まず大きさが違う。丸く焼いた生地に具を載せ、四角くなるように端を折りたたまれたそのサイズは、大ぶりの皿からさらにはみ出す勢いである。ソバ粉が入っているという生地は濃い茶色で厚みがあり、ナイフを入れるとざくっとした手応えがあった。具を包む薄皮ではなく、パンのような主食の風格だ。
 一切れ口に入れると、よく焼けた香ばしい生地にチーズ、ハム、卵が絡んだ、濃厚な風味が広がった。ねっとりした舌触りの中に、黒コショウがぴりりと効いて、濃い味が好きな柴山にはたまらなく好みだった。
「うまい!」
「だろ?」
サキがにんまりと笑った。
「ここのハムとかチーズは邦さんがいろんな牧場のをさんざん試して決めたやつだかんな。すっげー味がしっかりしてるだろ? シードルともよく合うし」
柴山は食べながらうなずいた。ハムやチーズがしっかり自己主張している、濃厚でボリューム満点なこの一皿は、それだけで食べるのは結構きついかもしれない。しかしここでフルーティなシードルを飲むと、口の中がさっぱりして、また食べたくなる。抜群の相性の良さだ。
 食べ始めて早々にシードルボウルを空にした二人は、お代わりを頼んだ。