甘い運命 (17)


 松野と別れた後、なりゆき上、柴山はサキと並んで帰ることになった。
「久しぶりだな」
「そうだな」
「風邪、もうすっかりいいのか?」
「ああ」
「また新作考えてっからさ、今度うち来いよ」
「ああ…、うん」
最低限の相槌しか打たない柴山に、サキが何気ない様子で言った。
「まだ何か悩んでんのか?」
───まあな」
「マジメな奴だよなー」
幾分あきれた風のサキは、頭の後ろで手を組み、午後の空を眺めた。
「オレなんか悩もうったって続かねーもん、悩みが。悩んでたら眠くなるし、一回寝たら忘れちまうし」
「ははは」
自分もそんな性格だったらどんなによかったか。でも、そうだったら悩む以前にサキに惹かれたりしなかっただろう。
「松野さんとは、つきあい長いのか?」
「ん? ああ、実家が近所なんだ」
さりげない風を装って探りを入れる柴山に、サキは訝ることもなく答えた。
「オレと同い年の雄太ってのの妹でな、5つ下だったかな? オレんちで菓子作る時よく来て一緒に作ってたよ」
「へえ」
「雄太はできあがった頃に来るんだけどな」
ちゃっかり者の同級生を思い出したか、笑みを浮かべる。
「でも、最後に会ったのって由香がまだ中学生の頃だったから、大きくなっててすげーびっくりした」
「そんなに会ってなかったのか?」
「だってオレ、フランス行ってたし。その後もほとんど実家の方に帰ってねーから」
そうだった。よく忘れそうになるが、これでも一応おフランス帰りの職人だった。
「由香がオレと同じ学校行ったって聞いた時もびっくりしたなあ。由香の方は高校卒業してからだけど」
そう言うとサキは、ちょっと照れくさそうな顔をした。
「なんかな。へへ、結構、オレの影響もあったみたいなんだ」
「…へえ」
「まあ、悪い気はしねーよな」
「仕事の方は、どうなんだ?」
柴山は、とげとげしい気分になるのを押さえきれなかった。それが口調にも現れてしまった気がしたが、サキは気づかなかったようで、
「それがな、けっこイケてんだこれが。飲込み早いし筋もいいしな。さすがに力仕事はどうしても見劣りするけど、まあ慣れもあるし、他んとこでカバーしてけば十分通用するようになんだろ」
と、うれしそうに語った。
「遊び気分で学校行ってるようなヤツもいるんだけど、そうじゃなくて安心した」
「……ふうん」
「あとはあの『ちゃん』付けをどうにかしないとな……」
話しつづけるサキの横で柴山は、気のない素振りで、あふれそうになる苦渋を飲みこんだ。