甘い運命 (19)


 サキは言葉通り、10分後に柴山宅に到着した。ドアを開け、嵐吹きすさぶ外界から逃げるように滑り込む。
「すっげー風だなあ、たまんねーや」
そう言いながら勝手知ったる様子で部屋に上がってくると、手に持った紙袋を柴山に渡した。
「みやげ」
「どうも」
サキが時々くれるこの紙袋の中身はたいてい、売り物にならない焼き菓子だ。何が入っているかはその時々で違い、割れたクッキーだったり、端の焦げたフィナンシェだったり、ひびの入ったマカロンだったりする。柴山はこれをもらった場合の常の行動として、キッチンに赴き、やかんに水を入れて火にかけた。
「コーヒー紅茶どっちだ?」
「紅茶ー。ところでお前さあ、最近つきあってる女いんの?」
「ぁあ? …うわわ」
前振りもなく発せられた質問に驚いた柴山は、マグカップを取り落としかけてお手玉のように踊らせてしまった。
「何やってんだ、鈍くせーな」
「…なんだよ、いきなり」
「や、実は由香がな」
サキはソファの背もたれに頬杖をつき、ソファ越しにキッチンを眺めながら言った。
「どーもお前に気があるみたいでさ。どうなのって聞かれたから確認しとこうと思って」
「………」
まったくもって予期せぬ方向から球が飛んできた。とっさに言葉が続かない。サキは特に変わった様子もなく、返事を待っている。
「で、どうよ」
促されて口をついたのは、質問に対する回答ではなかった。
「…お前、いいのか?」
「何が?」
「や、その…、松野さんが、そういうわけで、それで、いいのかなって…」
「? 意味わかんねーよ」
「いや…まあ…」
もごもごと口ごもる柴山を前に、怪訝な顔をしていたサキだったが、しばらくして、弾けるように言い放った。
「お前まさか、オレと由香がなんかあると思ってたわけ?」
ズバリその通りである。柴山がためらいがちにうなずくと、
「っだー! お前もかよ〜〜」
サキはずるずると頭を沈め、両手を力無く垂らしてしまった。
「も?」
「…店でもそうだったんだよ」
上目遣いに、恨めしそうな視線を向ける。
「由香がオレのこと『サキちゃん』なんつって呼ぶからだろうけど、ありゃあいつの母ちゃんがそう呼んでたのがうつってるだけで深い意味はねーんだ。おかげで皆にどれだけからかわれたか」
大げさにため息をつく。本気でうんざりしているようだった。
「そりゃ確かに由香はいい娘だけど、妹みたいなもんだし、オレ全然そんな気ねーよ。由香の方でもお断りだろ」
サキはきっぱりとそう言いきり、柴山は思わずほっとした。そして、物思いの前提条件が覆ったことで、少々混乱してしまったのだ。
「お前ときどき早とちりするよなー。ちゃんと確認しろよ。で、いんの?」
「何が?」
「彼女」
「いない」
 しまった、と思った。いると答えればよかったと思ってももう遅い。
「そか、じゃちょっと考えてみてくんねーか」
「い、いや、だめだ」
「なんで?」
「なんでって…」
「彼女いねーんだろ? 由香はいい娘だぞ、オレが保証する。少なくともオレが今まで見たお前の彼女の中じゃいちばんだ」
「っと、その…、好きな奴が、いるんだ」
 うっ、自爆その2。
「え? だってお前さっき、いねーっつったじゃん」
「つ、つきあっては、ないから…」
 いかん。ますます泥沼だ。
「片思いってことか?」
「…まあ、そうだ」
「マジで?」
「…うん」
「なんだよ、らしくねーな。お前そんなキャラだったっけか?」
 誰のせいだと思ってるんだ。
「…サキ、頼むからもう…」
「あ、まさか、それでずっと悩んでたのか?」

 う。

言葉に詰まった柴山に向かって、サキはあきれた様子を隠しもせず、一気にまくし立てた。
「マジかよ! んだよ、なっさけねー奴だなぁ。一人でウジウジ悩んでたって気持ちが伝わるわけねーだろ? お前がどんだけ悩んだって答えんのはあっちなんだから、悩むだけ無駄じゃねーかよ。ったく、そんな暇があんならさっさと告っちまえよ。あん、それとも何か? お前まさか不倫とか…」
「お前だよ!」


「……何が?」



「俺が好きなのは、お前だ」