甘い運命 (21)


 告白記念日から三日が経過。柴山はついに悩む域を通り越し、淡々と日々を送っていた。
 最初はもう一度会って、何らかの弁解をしようかと考えた。しかし、弁解する余地などなかった。あの時、非常に不本意な形とはいえ、心の底からの正直な気持ちを言葉にして伝えてしまった。後からどう取り繕おうとも、それはあの言葉の焼き直しでしかない。そう思ったら、後はもうなるようになれという気分で開き直ってしまったのである。
「柴、なんかお前悟りきった坊さんみたいな顔してるぞ」
佃にはそう言われた。まったくよく気がつく先輩だ。
 そんな会社帰り。
「拓くん!」
駅を出てしばらく歩いたところで、聞き覚えのある声に名を呼ばれた。顔を向けると、
「…房子さん?」
ラ・フルールのマダム房子が、ぽっちゃりした手を振りながら近づいてきていた。
「よかったわ会えて。この近くのアパートだって聞いてたものだから」
その台詞からするに、どうやらここで会ったのは偶然ではないらしい。
「どうしたんですか?」
「ちょっとね、相談に乗ってほしくて。サキちゃんのことなんだけど」
ぎょっとした。
「相談?」
「ええ。今から、いいかしら」
「はあ」
なんとか平静を保ったものの、内心とてもうろたえていた。いったい何事だろう。まさかサキの奴、房子さんに打ち明けたりしたのだろうか。
「立ち話も何だから、そこのお店に入りましょう」
そう言って房子さんは、近くのファミリーレストランを指差した。
「あ、ちょっと待ってね、オーナーにも電話かけてくるから」
 オーナー「にも」?
 ってことはなんですか、オーナーも来るってことですか。
 房子さんが電話ボックスに入っていくのを眺める柴山は、まな板の上の鯉の気持ちを堪能していた。

 数分後。柴山は花田夫妻とテーブルを挟んで対面していた。
「すみませんね、わざわざ」
テーブルの上で手を組みながらそう言ったラ・フルールのオーナー、花田氏は、ロマンスグレーの髪をした渋めのおじさまである。まだ海外旅行がそれほどポピュラーなものではなかった時代に単身渡仏し、菓子作りの修行を積んだという気骨の持ち主で、その物腰は年輪を重ねた職人の落ちつきを感じさせる。しかし柴山はちっとも落ちつけずにいた。なんだか、手を出した娘の両親に呼び出しをくらっているような気分だ。手など出していないが。
「相談って、何ですか」
俺はいったい何を言われるんだろう。「うちの娘(?)になんてことを」だろうか。それとも「気の迷いだ、目を覚ませ」と、二人がかりで説得でもされるのか。
「実は、崎谷が別の職場に移るという話なんですが」
「は?」