甘い運命 (23)


「では、よろしく」
花田夫妻が去った後、柴山は一人席に残り、物思いに沈んだ。
 サキは何を悩んでいるのか。それは自分の告白と関係あるのか。それをまず確認しなければならない。
 関係があるなら、その回答。なければ、その内容。
 そして、サキの未来。
 花田氏に賛同するなら、サキのためを思うなら、新天地へと送り出すべきだろう。
 それは、サキとの別れだ。

 店を出て、歩きながら携帯を取り出した。途端、着信音が鳴った。驚いて表示を見る。
 サキからだった。
『話があんだけど、今から行ってもいいか?』
その台詞に、以前とは別の返答をする。
「俺も、話がある」
サキも外にいるという。今歩いている場所を告げると、サキは近くの公園を待ち合わせ場所に指定してきた。以前、寒空の下で一人バスケをやったあの公園だ。
「わかった」
柴山は携帯をしまい、足早に歩を進めた。
 公園が見えてきた。入口に向かう道すがら、冬にはその存在にすら気づかなかった桜の木が、蕾をいくつもつけて、春の到来を待っている。
 サキはバスケコートの脇にあるベンチに座っていた。上着のポケットに手を突っ込み、所在なげに空を眺めていたが、柴山に気づくと、片手を上げて立ち上がった。
「よう」
サキの態度はごく自然だった。柴山の方がかえって意識してしまっているようだ。平静を保てるよう、長く呼吸しながら、ゆっくりと歩いていった。
 まず、こう切り出した。
「師匠に、呼ばれてるんだって?」
「なんで知ってんだ?」
驚いたサキに、オーナーに相談されたことを告げると、
「そっか…心配かけちゃったんだ」
とてもすまなそうな顔をした。

「…この前」
サキが、語り始めた。
「由香の話の後に、その話をするつもりだったんだ。でも、ああいうことになって」
視線を落とし、その先にあった石を蹴る。
「お前に何て答えるかが決まらなきゃ、行くかどうかの返事もできないと思って、ずっと考えてたんだ」
柴山にとってそれは、ある程度予想はしていた展開だった。が、やはり驚いた。
「…答えてくれるのか」
「だってお前マジなんだろ?」
サキは柴山をまっすぐ見つめて、
「お前がマジなんだからオレもマジになんなきゃわりーじゃん」
と、しごく真面目な顔をして、言った。
「で、結論な」


「お前のことは好きだし、いい奴だと思う。でも、恋とか愛とかってのは、考えられない」


「……そうか」
それは、何通りもの可能性をシミュレーションした中で、いちばん無難なバッドエンディングだった。息をつき、目を閉じる。だが。
「つーか、オレ恋愛ごとに興味なくてさ。今まで誰もそういうふうに思ったことがないんだ」
「えっ」
この台詞に思わず、目を見開いた。
「誰もって、女も?」
「うん」

「だから今回、オレってどうよってのも合わせてすっげー真剣にいろいろ考えたんだけど」

「前に言ったろ。オレの恋人は菓子だって」

「あれが心底オレの本音だってことがわかった」

「以上」



──────了解」
柴山は、自分の口元が笑いの形を取っていくのを感じた。それは、苦笑に近いものであったが。

 そうか。
 性別だのなんだの、そんなこと以前の問題だったのか。
 そりゃ、俺のかなう相手じゃねえや───

 自然に、サキの頭をポンポンと叩いていた。
「お前が悩んでくれたってだけでうれしいよ」
「マジ知恵熱出そうだったんだぞ」
サキはまだ真面目な様子で、口を尖らせている。それがおかしくて、また笑いがこぼれた。
「じゃあ、行くんだな。師匠んとこ」
「ああ」
 揺るがない答え。
 それが、柴山が惚れた男だった。

「オーナーに電話しとけよ」
「ん、わかった。行く日とか決まったら、また連絡する」
「ああ」
「じゃ、またな」
そう言ってサキは、くるりと背を向けた。
 柴山は、次第に小さくなる後ろ姿をじっと見送った。
 胸に、にじむような痛みがひろがった。

 忘れられるだろうか。この想いを。


 ………「忘れる」?
 俺はまた忘れる気なのか?

「成長しろよ、俺」
 ゴールネットを見上げながら、独りごちた。