トラブルシューティング (3)


 フロントで受付を済ませ、靴箱に靴を入れてくれていた竹崎に声をかけた。
「シングルが満室でさ、ツインになっちまったんだけど、いいよな?」
「えっ?」
意外なほど驚いた様子に、こっちが戸惑ってしまった。
「嫌だったか?」
「い、いえっ、そんなことないですよ…」
首を振ってはいるものの、あまり乗り気ではなさそうだ。でも、ないものはしょうがない。
「まあ、一晩ぐらい我慢してくれ」
 昨日より一つ上の階でエレベーターを降りる。到着したツインの部屋はシングルよりいくらか広々としていて、くつろげる雰囲気だった。
「なんだ。これなら昨日もツインの方がよかったかな」
「そ、そうですね」
 竹崎はどうも落ち着かない様子で、その後風呂に入ったが、「眠い」と早々にリタイアしてしまった。時間も遅いので、俺もそこそこにして切り上げることにした。
 戻ってきたら、竹崎は電気をつけたまま横になっていた。まだ眠くならないが、テレビをつけるのも悪い。それで、家から持ってきた雑誌を眺めていたのだが、しばらくして、隣で寝ている竹崎に何やら違和感を覚えた。
「?」
さっきから寝返りどころか、身じろぎひとつしないのだ。それに、なんだか空気が妙に緊迫している気がする。
「竹崎」
返事はない。しかし、どうもおかしい。
「竹崎、起きてるのか?」
近づいてよく見ると、額に異常に汗をかいている。
「起きてんだろ、どした? 具合悪いのか」
肩に手を載せたとたん、竹崎ががばっと跳ね起きた。びっくりした。
「やっぱ、部屋替えてもらいます!」
竹崎はなにやら思いつめた顔で、そう言った。
「なんだよ、俺と一緒ってそんなに嫌?」
「違います! うれしいです! でも困るんです!」
 は?
 冗談のつもりだったのだが、変な言葉を聞いたような…
「もうだめだ、もう限界だよ!」
何が限界なのかはわからなかったが、竹崎がひどく取り乱していることだけはわかった。ともかく、こんな夜中に大声で騒がせるわけにはいかない。
「竹崎、とりあえず落ちつ…」
「俺っ、好きなんです! 浜田さんのこと!」

 はあ?

竹崎の顔はくしゃくしゃにゆがんで、今にも泣きださんばかりだった。一人称が「俺」になっているのも気づいていない風だ。
「……お前、ゲイだったの?」
「そうですよっ! それなのに浜田さん、俺のことじろじろ見るし触るし、平気でぶらぶらさせながら歩くし!」
ぶらぶらって…なあ。
「人の気も知らないで…ひどいよ!」
竹崎は一気に吐きだすと、肩で息をした。

 ちょっと落ちつくまで間を置いて、聞いた。
「お前、いつから俺に惚れてたんだ?」
「……喫煙室で、話しかけてくれたでしょう?」
最初はしぶっていた竹崎だったが、しつこく促すと、ようやく口を開いた。
「あの頃、あんまり話しかけてくれる人っていなかったから、俺、うれしくて。その時してた、課長とか部長とかの話。短い表現なのに、すごく的確で、それがほんとに全部当たってたから、頭のいい人だなあって」
だからそれは悪口なんだが。
「なのに時々、データ飛ばして山野さんのところに駆け込んでくるでしょ」
「見てたか」
山野はシステム課の同期で、気心が知れているのでいろいろと頼みやすいのだ。
「俺に言ってくれればいいのにっていつも思ってた…」
だんだん、口調が愚痴っぽくなった。
「肩がこるって話した時、身体動かした方がいいぞって言うから、テニス部に入ったのに、いないし…」
いやふつう条件反射的に言うだろうそれは…って、ん? ちょっと待て。
「お前、まさか俺が社報に『趣味・テニス』って書いたから?」
すると竹崎は、うつむいて黙り込んでしまった。
 社報の「社員紹介」の欄に俺が掲載されたのは、3年も前の話だ。
 竹崎。なんて可愛い男なんだ、お前。

「あ!」
隙をついて、竹崎が毛布で覆っていた部分に手を突っ込んでみた。思ったとおり、男ならよく知っている手応えがあった。
 なるほどな。だからコンタクトをなあ。
「ななななな何するんですか浜田さんっ!」
赤くなったり青くなったりしている竹崎に向かって、俺はにやりと笑った。
「会社のヤツは視界に入れないことにしてたんだけど」
「…え?」
「撤回してもいいかもな」
俺は竹崎の髪をくしゃっと撫でて、告白した。
「俺もご同類だよ」
竹崎は目を見開いて、言葉をなくしていた。耳元に口を近づけ、ささやく。
「俺と、したいんだろ?」
ごくん、とつばを飲みこむ音が聞こえたような気がした。
「ただし、後ろはNGな。ゴム持ってないから」
「……持ってます」
竹崎がぼそりと言った。
「は?」
「あの、あの……ひょっとして、もしかして、万が一そういうことになったりしたらうれしいなーなんて…」
「…お前、必死で我慢してたわりには用意周到だな」
遠慮がちながらも期待に満ちたその目に、思わず笑いがもれた。
「よし、特別に許す。その代わり下手クソだったら途中でも止めるぞ」
「はいっ」



 竹崎の技術が本職同様すばらしいものであることを身にしみて理解した翌朝、いかにも寝不足な顔で出社した俺たちは、皆から「大変だったな」とおおいに同情されたのだった…。


−終−