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子供にベートーヴェンを弾かせる


 うちの子供(♂)にピアノの練習を始めさせて、かれこれ7年になる。別段、それに力を入れているわけではない。それなりに自己満足できる余技であればいいなあと思ってさせているだけである。私はピアノができないから。
 それなりにのんびり練習をやってきたが、7年もすれば何かベートーヴェンをやらせることができる腕前になる。でも、易しい曲しかできないし、他人を満足させるほどの演奏に仕上げるような人生経験があるわけでもない。

 今年の初めに、いわゆるピアノの発表会に使う曲として、ソナタ・ヘ長調op.79「かっこう」の第1楽章を選んでもらった。というより、こちらから指定したのだ。
 なにせ、うちの子供はもともとピアノ曲を聴かないんだな。自分もクラシック音楽を聴くようになったのが中学2年あたりからなのだから、そう無理は言わない。それより、ことピアノ曲について、私はベートーヴェン以外はさっぱり聴かないので、ベートーヴェン以外を選んであげられないのである。いきおい、ピアノの先生に曲の選択までお任せにしている。今回はたまたま、練習できそうな曲のレベルと意見が一致したのだ。

 いざ、子供のピアノの練習用としてベートーヴェンで何を選ぶかというと、大変難しい。ソナタ・ト長調Op.49-2にしたって、うまい演奏ならともかく、子供の演奏では聴き飽きる。かといって、他の曲ではどこかに弾きまくりの要素や深い表現を含んでいて難しい。とりあえず、そこそこ指の練習に重きを置いたってことで「かっこう」を選んだのだった。

 そういった選択の過程の中で、「エリーゼのために」は難しいぞと言い含めておいた。この曲は、人生を知った大人が演奏する曲である。しかし、付いた名前が悪かった。単なる献呈の言葉だったはずが、誰かさんに題名にされてしまったのだ。そのために、子供によるつまらん演奏が世に氾濫することになるのだった。この名前さえ無ければ汚されずに済んだものを。実際には、そのほとんどを聴くはずがないので幸いである。これは、ピアノ曲を聴かない親がピアノ曲を聴きもしない子供にピアノをやらせるという日本特有の現象が生んだこと、といったら当たっているだろう。そのために「エリーゼのために」を、その曲名ゆえに軽んじる風潮ができていると思うので、許せん。

 昔、私が厨房だった頃、同学年のとある女子が学校のイベントでピアノを弾いた。ソナタ・嬰ハ短調Op.27-2「月光」の第3楽章だった。あの「月光」をイメージさせるという第1楽章ではなくて第3楽章だったことが悪かった。あの曲は、ただ音を出すだけでも大変な曲だ。つまり、解釈は無視しても普通に聴ける速度で演奏することそのものが大変なのだ。しかし、それは年端もいかぬ子供のこと、なんと指定速度の半分でやらかしたのである。おそらく指導していたピアノの先生が「その速度でいいわよ」などと言ったのだろうか。
 実はその時、クラシック音楽聴きとして超初心者だった私は、まだ「月光」を聴いたことが無かった。しかし、それでもわかった。「遅すぎた」のだ。その曲を聴いたこともない超初心者にそう思われるようではいけない。なぜだかたまたま本人に感想を聞かれた私は「遅すぎる」と一言。あちらが憮然としていたところまでは覚えている。そんなもの、遅すぎたのは事実じゃないか。厨房は遠慮もしないしおべっかも言わないのである。カツオ君は賢いなぁ。

 子供にピアノを練習させている親のはしくれとして、子供にベートーヴェンをやらせるのを悪いとは言わない。しかし、およそ他人に聴かせる気があるのなら、親と先生はそれなりにきちんと選択なり指導なりしてやってもいいじゃないか、と思う。だらだらでもよい、遅すぎてもよいという指導は、曲の本質の理解と、そこに至る楽しみの享受を妨げている。良いことではない。それに、聴かされる側のことも考えてくれよ。もちろん、向こう三軒両隣のことも含めて考えてほしいのである。


ピアノの初心者向けと思われているベートーヴェンの曲
 別ページの「優しい曲たち」に重なるが、こんな程度だろうか。バガテルや「エリーゼのために」の作曲年代を見れば、他との出来の違いが想像できると思う。

6つのエコセーズ ハ長調 WoO 83 (1806年)
 単純明快なのはわかり易いが、左手の跳躍を元気よく表現するのが難所。6つの部分の対比ができるにもかかわらず強弱などの指示がほとんど無いだけに、いろいろと自分で試せるのが面白いところ。

「エリーゼのために」イ短調 WoO 59(1810年)(参照
 題名の愛らしさとは裏腹に高度の表現力が試される。1810年頃作曲ということでも、そのことが読み取れるだろう。

ピアノ・ソナタ第20番 ト長調 Op.49-2 第1楽章 (1796年)(参照
 小さいながらも完全なソナタ形式であり、やりがいはある。一方、練習用として有名なので手垢がつき過ぎてしまい、作曲年代に沿わない解釈が横行してしまう。全音楽譜出版社ソナチネ第1集に所載。

ネル・コル・ピウの主題による変奏曲 ト長調 WoO 70(1795年)
 可愛らしい旋律ではあるのだが、それはベートーヴェン作ではない主題の部分。その後に続く部分こそがベートーヴェンで、旋律変奏がどんなものなのかわかっていないと演奏できない。

ピアノ・ソナタ第1番 ヘ短調 Op.2-1 第1楽章(1794年)(
参照
 最初のソナタだから簡単かと思ったら大違い。ハイドンに献呈された自信作の最初の楽章であり、内に秘めた対抗心は並ではない。譜面は簡単そうであるが、まとめるのは大変難しい。

ロンド ハ長調 Op.51-1 (1797年)
 どうも単一楽章だから易しいのかと思われているような。すっきりとまとめるのが難しいんじゃないかなぁ。

選帝侯ソナタ(3曲)WoO 47 (1783年)
 解説では「後のベートーヴェンを彷彿とさせる」などと書かれたりするが、つまらないので選択しないほうが良い。

7つのバガテル Op.33(1802年)
11のバガテル Op.119(1822年)
6つのバガテル Op.126(1824年)(
参照
 中にはあまりにも小さい曲があり、その場合には2〜3曲をセットにすると良いかもしれない。年代を下るに従い、内容も高度になっていく。ソナタの1楽章に匹敵する作品もある。

上記以外の小品(エコセーズ、アルマンド他)
 単一のこれら小品は、それほど見るべきものは無い。

備考:トルコ行進曲 Op.113 (1811年)
 モーツァルトではなくベートーヴェンにもこの曲があるが、元は管弦楽であり、ピアノ版としては後に別のピアニストが編曲したものが知られている。編曲なので、特に述べない。


(2009.11.19)



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